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 2001年9月14日 その2


 先ほどお話が出た“作者急病につき休載”にも関連しますが、漫画家や作家の方が、「スランプに陥って作品が描(書)けなくなる」というお話しを、時々、聞きます。
 失礼ながら、先生はいかがですか?


 私はあまり自覚がありません。 あ、あくまで「自覚がない」だけですよ、客観的に見たらどうでしょう?(笑)
 “作者急病につき休載”、私の場合はスランプより「時間不足」が問題です。
 というのは、普段はぼーっとしていて、「やらなきゃ、やらなきゃ」と漠然と気持ちが流れていて、締め切りが近づいてもう時間がないとなってから、「さあっっ! やるぞっっ!!」となるからです。


 夏休みが終わる頃に宿題に取りかかるような…。

 そんな感じですねえ。(笑)
 ただ、ぼーっと考えることは常にやっていますから、その意味では年中無休24時間営業です。 寝ていても思いついたことがあれば、手近に置いてあるノートにメモを取りますから。

 「思いついたこと」は、書かないと忘れやすいですね。

 忘れます! こんなに良いアイディアだから忘れないだろうと思っても、絶対に忘れる。 そのかわり、他の人には全然意味がわからないようなメモであっても書いておけば、記憶を手繰れます。
 そうして、いよいよ締め切り期日が見えてくると、ネームの断片をメモに書いてその断片を見ながら、パターンA、B、Cと考えて、「これで行こう!」というものが出来たら、作業にとりかかります。
 けれども、それですんなりと行かなければ、さらにパターンD、E、Fと考えを練りこむわけです。 母とか妹とか身近な人に八つ当たりしながらね。(笑)


 “修羅場”の様子をお聞きした時には、「なんてハードな」と思いましたが、そこに至るまでにも並大抵でないご苦労が…。

 「これっ!」というパターンが出てくれば、後は「雨後のたけのこ」でするすると育ちます。 作業に入っての集中力はありますので。
 ただ、仕事中は集中しすぎて、頬はげっそりそげて目はつり上がり形相(ぎょうそう)が変わりますね。 それはもう、凶悪と言われても仕方ないような顔つきになっていますから、とても人にはお会いできません。

 先生の最新刊、今年(2001年)7月に中公文庫から刊行された『雨月物語』ですが、これは文化庁メディア芸術祭漫画部門大賞受賞作品(平成9年度)ですね。

 中央公論新社が出した『マンガ日本の古典』シリーズ(全32巻)としての受賞で、私も作者のひとりとして、賞状と記念品をもらいました。

 先生はご自身の受賞についてはあまりお話になりませんが、あと、なにか“受賞”にまつわるお話などありませんか?

 そうですねえ…。
 夢の碑シリーズの『風恋記』第30回小学館漫画賞を頂いた時には、首相官邸に招待されました。 その年に活躍した人ということで、スポーツ選手などの方たちと一緒に。


 わあ、華やかな場ですね。

 ええ、官邸の庭にはテントが張られて、さながら園遊会で。
 そして、建物の中では金屏風が広げられて、その前に当時首相だった中曽根さんはじめ政府関係者が並んでいて、「ようこそいらっしゃいました。」  これは、なかなか気分が良かったですよ。(笑)
 このときの記念品は小さなボンボン入れでした。 片手に乗るくらいの塗り物の。でも、何の役にも立ちそうにないのよね。


 何の役にも立ちそうにない?(笑)

 そうなの。記念品ってそういう物が多いような気がします。 だから記念品なのね、きっと。
 どこかにしまってあるはずだけれど、どこだったかしら?(笑)

 メディアといえば、漫画とアニメーションはある意味では近い関係にありますが、
 「女流漫画家S先生がテレビ出演中に、『近頃は、アニメにならないと売れないからアニメ化できるような漫画作品ばかりが持てはやされているけれど、アニメ化できない繊細な漫画を大事にして欲しい』とおっしゃっているのを見ました。
 その時S先生は、“繊細な漫画”の例として、木原先生のお名前があげていらっしゃいました。」
 ―― 拙サイトをご覧になった方が、こんなメールを下さったことがあります。


 まあ、Sさん、ありがとう。(笑)
 アニメは楽しいし、特に日本のアニメの質の高さは世界でも類を見ないと思います。 それでも、深いものを表現するのは難しい部分があるかもしれません。
 私自身は、「(アニメではなくて)漫画だから描いている」というところがあります。


 先生の作品のアニメ化は?

 今まで、話が来たことはなかったと思うけれど…。
 私の作品の多くはキャラクターのほかに「時代」という主役がいます。 「あのキャラクターが、あの時代だったから、あのように考え、結果としてあのような行動に出た」という物語進行上の必然性とでも言いますか。
 そんな「時代背景が登場人物にもたらす必然性」までをもきっちりと押さえたアニメ作品を作るのは、難しいと思いますよ。


2001年9月号表紙のアデル
 プチフラワーに連載中の『杖と翼』も、早くもスタートから1周年です。 9月号(2001年7月26日号)では、ふわふわ巻き毛のアデルが表紙を飾り、物語も激動続くパリに舞台が戻って来ました。
 ところで、この9月号のマラーが皮膚病を治療している場面では、浴槽横の卓上にずいぶん色々な“薬めいたもの”がありましたが。


 マラーは皮膚病の治療に、「これは描かいでか!」というくらい多様なものを使っていたようです。
 お酢に、粘土に、何種類もの薬草……。


 皮膚病の治療に粘土ですか?

 今で言う“泥パック”でしょうか、ミネラルを含んだタイプのものだったのではないかしら。 薬草は揉んで柔らかくして、肌にすり込んだのか…。
 どれも、内妻のシモーヌがせっせとお世話していたらしいです。 彼女はマラーを熱烈に愛していたそうで、シャルロットの裁判の時は、もう涙涙で大変だったというし。


 浴槽の中でぐったりしたマラーの構図は、有名なダヴィドの絵のパロディですね。

 そう、わかりました?(笑)
 あのコマは半ページくらいの大きさにしようかとも考えましたが、グロテスクになるのでやめました。 マラーは半眼開いているんですよ、あの状況で。


 うわ…、ダヴィドという画家は、あまり良い趣味とはいえませんね。(笑)

 ええ、彼はあまり趣味が良いとは言えませんねぇ。
 というか、フランス革命をマジでやると、そう、つまり、ムキになって史実を突き詰めてしまうと、本当に血生臭くなってしまうんですよ。
 そうですね、一つ例をあげると、当時のパリは断頭台での処刑はじめ流血が日常茶飯事だったけれど下水設備がなかったので、市内あちこちに血の川ができていました。 当然ながら血液は腐敗するから、夏ともなればすごい臭いがたっていたわけです。

 私がフランス革命を描くのは『虹の歌』(1971年)、『花ざかりのロマンス』(1974年)と、今回で3回目ですが、制作年代が下るほど作品が軽くなってゆきます。 めでたい!!

花ざかりのロマンス
花ざかりのロマンス全1巻
 読みくらべれば、たしかに『虹の歌』より『花ざかりのロマンス』の方が、ずっと軽いです。 それでも、『花ざかりのロマンス』は切ないお話だから、それだけに心に残って、昨年の集英社文庫からの復刊は、「リアルタイムで感動しました」という多くの方に喜ばれました。

 いえ、リアルタイムで読んだ方ばかりでなく、今年になって初めて木原作品に出合った20代の女性からも、「この1冊は、涙なしに読めない」と、ご感想を頂きました。 その方は、同時収録作品にも泣いたそうです。


 それは嬉しいですね。
 『花ざかり…』は週刊マーガレット掲載作品ですが、集英社さんが“死守”してYOU編集部から文庫化したんですよ。
 そうしたら、私が『花ざかり…』を描いた時に週マの関係部署にいた方が、「よくぞ(他の出版社に渡さず)ウチから文庫化してくれた」と、わざわざYOUのデスクまでお礼を言いに来たそうです。 その方も、それだけ気に入って下さっていたのね。


 これに同時収録されている『日なたへ日かげへのロマンス』なども、先生ご自身が「せつないお話が好きです」とコメントしていらした時代の作品群、“ロマンスシリーズ”ですね。

岩を枕に星を抱き
岩を枕に星を抱き全1巻
 そうです。
 それが時代下って、『SNOWY MOUTAIN (スノウィ マウンテン)』(1990年)を描きながら感じたことですが…


 『SNOWY MOUTAIN (スノウィ マウンテン)』、ジョサイアとアストバリー兄弟を主役にした『岩を枕に星を抱き』に始まる“お山3部作”の3作目ですね。

 ええ、10年前の私だったら、ストレートに「泣ける」終わり方をしたのだろうな思いながら描いていました。

 純粋無垢なイエティ、そんな終わり方にされたら読み手は辛いです。考えただけで胸が痛いような。
 シリーズ2作目の『氷神のやさしい腕』でも、あのアストバリーがひとり切なく涙する場面がありますね。 それは、どうにも救いようのない涙だけにしんみりと胸に迫ります。 けれど、基本的に彼には切ない涙は似合わないし、そのとき彼が身にまとっているのはとてつもなく豪華な毛皮で、しかも傍(かたわ)らジャガーのニューモデルの新車があって…。 作品の構成としてさらっと笑いの世界に引き戻されるというのでしょうか。


 そう、それは私がストレートに泣ける世界を描かないで、ひとひねりして笑いの世界に引き戻しているからです。 自分の気持ちの上で、ストレートに描けなくなったというのか。 でも、きっと良いことなのよ、多分。(笑)
 だから、『杖と翼』も軽く描いてゆくつもりです。


 物語の進行状況を見ていると、そろそろマリー・アントワネットの処刑ですね。

 アントワネットはちょっと触れるくらいです。ルイ16世くらいね。 彼女について読みたい方は理代子さんの名作『ベルサイユのばら』をお読みください。(笑)

 では、このへんで、お話しをプチフラワー9月号に戻しまして。
 久々にリュウが姿を見せましたが、なんだか若くなって少年の顔立ちになっているようですが。


 久しぶりに描いたら、アデルにつられて目が大きくなりすぎました。次回は、青年の顔に戻します。(笑)

 リュウといえば相棒ファーブルとの会話に出てくる「あのこと」という言葉、背後になにやら重いものを背負っているようですね。

 そう、ずっしりと背負っているんですよ。

 リュウが好きで背負ったのですか、それとも、しがらみとか成り行きとかでやむを得ずとか?

 好きで背負ったのね、時代のトラウマとでも言うのか。
 今、1793年8月頃を描いていますが、94年5月頃には「あのこと」の全貌が明らかになります。 その際のキー・パーソンが、やはりファーブルです。
 で、重荷がとれて身軽になったところで、アデルとリュウは一緒に動き回れるようになります。


 え? アデルはサン・ジュストを追いかけてパリに来たのに。

 サン・ジュストね、彼の日常もこれから描いてゆく予定ですが…。
 彼はロベスピエールたちともっぱら外交、というか対外戦争に忙殺されていました。 戦場に行っても、自分には弾は当たらないと思っていたみたいで、サン・ジュストは最前線で指揮をとっていたのよね。
 アデルとは遠からず顔を合わせますが、史実としては彼には婚約者があったし、かといってアデルは私のキャラだからおとなしく身を引くかというと…、うふふ。


 うーん、内気、弱気ではDOZI作品のヒロインははれませんよね。 それにフィクションの強みで、アデルは超能力を持っていますし。

 そう、サン・ジュストが「死の大天使」だから、アデルには蘇生を担当させて、バランスをとろうと思って。 というわけで、これからはサン・ジュストとリュウ、そしてバランタンも動きます。

 バランタン、元修道士の彼ですね。彼もなんだかパリまで来てしまいましたからね。

 そうなの、来てしまったのよね。 まあ、激動のパリに来てしまったからには、彼もね…。

おやじアンリ
おやじアンリ?
 前々回(2001年5月)のインタビューで、アンリ・ド・ラ・ロシュジャクランは、ボーフォール公爵の雰囲気があるとお話が出ましたが、その後、歴史上の人物として“ヴァンデーのアンリ”が大好きとおっしゃる方から、面白いお話を聞きました。
 なんでも、彼女のお仲間内では先生のロシュジャクランを、“おやじアンリ”と呼んでいるそうです。


 おやじアンリ、なるほど!(笑)

 『杖と翼』では、サン・ジュストは絵に描いたような?木原美青年に、ロベスピエールは肖像画に忠実に描かれているのに、「ロシュジャクラン青年だけが史実と異なるナイス・ミドルとして描かれているのはなぜ?」という話題でも盛り上がったとか。

 私もヴァンデーは好きですから、少し突っ込んで描こうと思っています。 下準備として序盤から木原流の仕掛けをしたのですが、それをしっかり見つけてもらえて嬉しいです。 しかも、おやじアンリだなんて面白いネーミングで。

 ヴァンデーに「仕掛け」が用意されている――。 ということは、物語の舞台がそちらに移ってからのお楽しみでしょうか。

 そうです。ただし舞台がヴァンデーに移るのはもう少し先になります。
 その前に、リュウの重荷を明らかにしなければなりませんし、アデル自身もパリでひと波乱ふた波乱、巻き込まれるというか巻き起こすというか。
 ええっと、ここで少しお話しましょうか? アデルの騒動や、リュウの重荷の中身を。


 いえ、それはちょっと困ります。読者としての私の楽しみが薄れますから。(笑)

 では、11月のプチフラワーで見てもらうことにしましょう。 私の好きなダントンやロベスピエールも楽しく描いてゆきますから、よろしくお願いしますね。
2001年9月14日電話にて
引用転載厳禁
(2001.9.30 up)

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2001年9月14日 その1

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