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 2002年7月2日 その2


 『夢の碑』シリーズは、13話のうち、『ベルンシュタイン』『影に愛された男』の2作品だけが外国を舞台にしています。何か理由があるのでしょうか?

 着物姿や日本人の黒いストレートヘアを描きつづけていると、無性にひらひらのドレスや金髪の縦ロールを描きたくなるんです。
 『とりかえばや異聞』『青頭巾』と和物が続いて、ひらひらドレスの世界に飛び出したのが『ベルンシュタイン』です。


 言われてみると『ベルンシュタイン』は、ベリシウ、ユーリス、コンスタンツェと微妙に色が違う金髪ですね。3人とも縦ロールが入っていて。

ベリシウとユーリス コンスタンツェ
 拙サイトの書籍資料から『ベルンシュタイン』の紹介文を引用します。
 ベルンシュタインとは琥珀のこと。
 18世紀、オーストリアの脅威とオスマン・トルコの進出。どちらに組みしても、中部ヨーロッパの小国が独立を保つのは難しい時代。ベルンシュタイン公国の琥珀色の目の姫君は剣の稽古に明け暮れる。
 秋田文庫『花草紙』に収録されている『ドジの東欧日記1984年版』によると、『ベルンシュタイン』は、観光バスで東ドイツ(当時)のドレスデンからチェコのプラハに向かう黒い森の中で浮かんできたお話がもとになっているそうですが。


 ええ、バスの中に流れるのはウィーンフィルの名演奏の数々、窓の外に広がるのはボヘミアの広大な森、もう、イメージが限りなくふくらんで至福の時間でした。
 至福のあまりプラハのホテルに着いた時にはぐっすり眠りこけていましたけれど。(笑)


ボヘミア生まれのオルギール
 ただ、物語自体は東欧の歴史を踏まえていますよね? 

 イメージに合いそうな時代を捜したんですよ。
 東欧がウィーンと接触があった時代で、あと、ドレスね。エリザベス朝スタイルは好きではないので。


 あごの下はヒダヒダ襟で、頭の後ろにはついたてみたいな…。

 そり上げた頭も苦手ね。(笑)
 で、「ああ、18世紀があったわ」というわけで、あの時代になりました。


 だから、オスマントルコのやボヘミアの黒髪なんですね?

 そうです。

 『ベルンシュタイン』は、サロメ伝説がベースにあると思うのですが、サロメをそのものをお描きになるお気持ちはありませんか? 

 今の私の線にサロメは合わないのよ。モローのサロメあたりならなんとかなるかなあ…。

 確かに、同じサロメでもビアズリーとなると、とてもキツイ雰囲気です。

オーブリー・ビアズリーのサロメ
踊りの報酬 ヨカナーンとサロメ

ポーラ扮するサロメ
 『摩利と新吾』番外編『グランドロマン』で、摩利がサロメの衣裳をつけたポーラを見て、「モローの絵のようなサロメだ 印象的で豪華で精神的」と言ってます。
 あの時の彼女のポーズは、ギュスターブ・モローの『出現』をイメージしたというか、パロディでしょうか?


 当たりでございます。(笑) モローの絵はもっと妖美ですけど。

 伝説をベースにしても、聖書のサロメともオスカー・ワイルドのサロメとも、まったく趣がちがう『ベルンシュタイン』ですが…。

 私の『ベルンシュタイン』は物語としては、一組の純粋な不器用者同士が主役で、まわりは普通というか多数派の人間で。
 最後は、本人たちは至福以外の何ものでもないけれど。


 不器用な主役ベリシウとオルギールに対して、ローサとかケレティが人類多数派の代表カップルですね。

 そうなの。無意識にでも保身できるローサみたいな女性がいるから、人類は続いているのよ。

 確かに、ベリシウ、オルギールタイプばかりだったら、人類はあっという間に滅亡ですね。

 そうよ〜、それと『風恋記』の加代さんとかね。たくましく、しぶとく、人類は続くわ〜〜。

 『鵺』のお里とか? 彼女はたくましさの方向が少しズレていますが。

 お里はね〜。自分で作ったキャラクターだけれど、「あなた、しあわせねぇ」って言いながら描いていたのよ。

 「この世は私のためにある」人で、最後の最後まで、とことん自分ひとりが幸せですよね。周囲の顰蹙が、心にも身体にもこれっぽっちもこたえない。
 “お知り合い”にはなりたくないタイプですが。


 なりたくないですねっ! でも、いるのよ、ああいう幸せなタイプ。


ローサ (ベルンシュタイン) 加代 (風恋記) お里 (鵺)


 『ベルンシュタイン』のキャラにもどりますが。
 ハインリヒやレオンも多数派の人だから、ベリシウを見ているしかなかったわけですね。
 役回りというかポジションとしては彼女に手が届く可能性もあったけれど、キャラクターとしては傍観者の域を出られないというか。
 ただ、なりゆきを予感、いえ、確実に予見しながら傍観するしかないというのは、これも辛いですね。


 うん、でも、あのふたりのことだから立ち直ったわよ。
 ローサとケレティだって、主役にしたらそれなりのお話はできるでしょうが、グランド・ロマンにはならないわよね。


 こじんまりした等身大の結婚物語がせいぜいでしょうか。
 むしろ、コンスタンツェの輿入れにウィーンからついてきたという女官長を主役にしたほうがドラマチックな物語になりそうですが…。


 そうね、彼女はいろいろ切り口がありますね。

 ベリシウとオルギールの悲恋という主旋律に対して、副旋律的に兄ユーリスと妹ベリシウ禁断の恋がからみますが、『天まであがれ!』の風守と頼子、『もう森へなんかいかない』のアングルとサフラン、あと変則的ながら『くれないに燃ゆるとも』の雪王とてまり、『あなただけこんばんは』のエルとジャッキーなど、“兄妹の恋愛”は先生が時々お使いになるモチーフですよね。

ベルンシュタイン家兄妹 風守 アングレアヌ・サフォラン (煌のロンド)


 これが一条ゆかりさんだと、多分、姉と弟のパターンになるんじゃないかしら。美しい年上の女性と少年ってパターン。

 「創作上の究極の恋愛は、近親相姦」っていうところがあるでしょ? その恋愛が成就しようがしまいが、ハッピーエンドにはなりっこないのだから。
 それで、私として「おいしいバランス」を考えると、兄と妹になるのね。つまり、年上の出来た男性と少女というパターン。


 そういえば、中島梓先生の『美少年学入門』に収録されている青池保子先生を交えての鼎談のなかで、「(男は)自活できるようになってからがいい」、「(美青年といえば)私は17、8歳から30歳まで」、「35、6から45、6までって男が一番ステキな時よね」とおっしゃっていますね。

 ええ、未成熟の男は好きでないので。
 風守と頼子は、世の中の裏も表も知り尽くしてしまった兄が、純粋のかたまりのままの妹に恋慕する。――、パターンとしては、ユーリスとベリシウと同じ。うん、もうマーガレット時代に型は出ていたのね。
 私は長女で弟と妹がいますが、学生のころは兄が欲しかったなあ…。そういえば。



 もう一つの『夢の碑』の洋物『影をなくした男』ですが、「和物が続くと洋物を描きたくなる」という先のお話のとおり、こちらも和物の大作『鵺』のあとに描かれていますね。

 一度ゴシックロマンを描いてみたくて、「よし! 描くぞ〜〜〜っ」って描いたら、面白かったわーーー。この作品、好きなのよ、私。
 ……時間かかったけれど。


 時間? ネームを考えるのが大変だったのですか?

 いいえ、ペン入れのほう。ペンがガリガリ引っかかって時間かかったの。
 それと、体調を崩し始めた頃だったのかな。目の調子が今ひとつで。あ、でも、その後の『雪紅皇子』はそんなに体調不良はなかったわ。
 手がくたびれていたのかな?


 拙サイトの資料ページの紹介文を引用します。
 ところ変わって、プラハ。当時、19世紀の半ばにはプラーグと呼ばれていました。プラーグ大学を舞台にした怪奇譚ふうの物語。
 「久しぶりに耽美的な話にしよう!と思ったのに、ならなかった」とはDOZIさまの弁。
 レオポルドの「美しきカレル橋の下 モルダウは流れ…」ですが、アポリネールの『ミラボー橋』を思い出すフレーズですね。

 あはは、そうです。
 続く、「百塔の鐘は鳴りわたる」は、『ミラボー橋』の「日も暮れよ 鐘も鳴れ」に対応するのかな……。


 このレオポルドのフレーズに対するカウルの返答、「地名くらいはドイツ語ではなく 土地の言葉で呼んでやったほうが 住民感情もやわらぎましょう」は、1984年の東欧旅行の体験に基づくようにお見受けしますが。

 そうなんですよ、私たちが何も考えずに「モルダウ川」ってはしゃいでいたら、日本びいきのチェコ人のツアーガイドさんが哀しそうに「私たちはブルタヴァ川って呼ぶんですよ」って。心に残りました。
 日本とちがって、いろんな国に征服されて言語にいたるまで異文化を強制されてきた歴史がそのまま残っているんですよね。


 『影に愛された男』は一見ホラー仕立てですが単純なオカルトで終わらず、人間の自我まで話がずいっと掘り下げられて、それゆえの結末で背筋が寒くなるという趣向ですよね。

 ええ、いかにも「怖いだろ〜〜〜」的なホラー漫画は他にたくさんあるから、私が描くまでもないかなと思ったので。
 単に力ずくで「乗っ取ってやる〜〜〜」じゃなくて、「おバカなお人よしがいて、人格、性格、自我、全部手玉に取られて、ほらほら盗られちゃった」という感じにしてみました。
 それに東欧が舞台だとなんとなくエキゾチックでしょ。



 やっぱり、私はロマンチックでないとイヤ、きれいでないとイヤ、なのね。その意味では、『影をなくした男』は限界かな。うーーん、もう少しドロドロさせても大丈夫かもしれない…かな…。うーーん……。

文中の作品の単行本収録は以下のとおりです。 詳細は拙サイト書籍資料をご参照ください。
『ベルンシュタイン』 小学館文庫『ベルンシュタイン』全1巻
小学館PFコミックス『夢の碑3』
『影に愛された男』 小学館文庫『青頭巾』全1巻
小学館PFコミックス『夢の碑13』
『ドジの東欧日記1984年版』 秋田文庫『花草紙』
『グランドロマン』 白泉社文庫『摩利と新吾 8巻』
小学館PFコミックス『ユンター・ムアリー』
『風恋記』 小学館文庫『風恋記』全3巻
小学館PFコミックス『夢の碑4〜8』
『鵺(ぬえ)』 小学館文庫『鵺』全3巻
小学館PFコミックス『夢の碑9〜12』
『天まであがれ!』 秋田文庫『天まであがれ!』全2巻
『もう森へなんかいかない』 秋田文庫『ダイヤモンド・ゴジラーン』全1巻
『くれないに燃ゆるとも』 集英社文庫『ジークリンデの子守歌』全1巻
『あなただけこんばんは』 集英社文庫『ジークリンデの子守歌』全1巻
『煌のロンド』 秋田文庫『ダイヤモンド・ゴジラーン』全1巻(シリーズ完結)
小学館文庫『ベルンシュタイン』


 今年(2002年)の夏のご予定はいかがでしょうか?

 フラワーズが3か月描いて一回休みのリズムなので、今年は夏休みがありません。秋に期待しています。

 未だにお休みがなくて大変ですが、フラワーズ9月号(7月28日発売)の『取材旅行記』、10月号の『杖と翼』の進展を楽しみにしています。

1984年ころの自画像?
 最後に、あらDOZIをご覧下さる方にメッセージを頂けましたら…。

  いつも私の作品を読んでいただいて、どうもありがとう。(はぁと)
 私個人は精神の平和のため(!!)、パソコンやネット関係には近よりません。でも、「あらDOZI」のゆりあさんが、いつも私に送ってくださる「皆様の声」はとてもうれしい。最高のはげみになります。
 老骨にムチ打って(はあはあ)!!! とりあえず『杖と翼』の連載終了までがんばりますので、どうぞよろしくお願いします。


 あ、、、と、先生、あの…。
 拙サイトにいただいた投稿を先生にお送りしていることは、あまり皆様には申し上げていなかったのですが…(大汗)
 えっと、突然ですが、このページをご覧下さった皆様に告白します。
 拙サイトのゲストブックやBBSに頂戴したお書き込みは、私の独断と偏見で、木原先生にお送りすることもございます。 (個別のメール・掲示板による伝言や、メッセージの転送はお受けできません)
 木原先生に直接メッセージを差し上げたい方は、小学館フラワーズ編集部に郵送すれば先生のお手元に届きます。 連載に追われてお返事は書けないそうですが、届いたお手紙は必ずお読みになるそうです。  → 小学館 フラワーズ公式サイト
 というわけでよろしくお願いします。(ぺこり)


2002年7月2日電話にて
引用転載厳禁
(2002.7.31 up)

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2002年7月2日 その1

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