水玉が綴るDOZI様なの!その6

水玉みかんさん、連載6回目は『天まであがれ!』です。

今回は『天まであがれ!』です。

最初にお断りしておきます。マンガのストーリーに関してはネタバレをしないよう 努力しますが、沖田総司の生涯についてはみなさまご存知のことという前提で お話したいと思います。歴史的な事実ですし、総司のことを全然知らないなんて、 日本人じゃねえっ!  いえ、外国の方でも、この文章が読める程度に日本語に 堪能なら、当然、新撰組のこともご存知でありましょう、と、思いますので。

この作品を雑誌掲載時に読んだのは、2回ほど。最初は連載開始まもなくの頃 でした。
「あ、時代劇。 あ、新撰組の話ね。 うん、主人公の沖田総司は、いつもの明朗 黒髪少年。この眼の大きい女の子が恋人役だね。配役はぴったり。」などと、思 いながら読んでいたら…、いきなりアップで登場!

「な、なに、こ、この、頭におしぼり乗っけたフィリップは!?」

なんとそれが、土方歳三ではありませんか。
"おしぼり"と見えたのは、ちょんまげだったのね。
「ちょ、ちょっと、DOZIさま、いくらなんでも、こりゃ無理があるよお。」

その時は、フィリップが時空間を超える十六面相とは知りませんでしたしね。 日本が舞台でも、現代ものなら、いいえ、月王までなら違和感はなかったけれど、 ちょんまげは、「似合わな〜い!」とその時は思ったんですね。 そのショックは大きく、結局コミックスで全編を読んだのは数年後。それも人に 貸してもらってのことでした。

私に『天まであがれ!』のマーガレット・コミックスを貸してくれたのは、大学の 同級生でしたが、この人は定期入れに学生証のかわりに「新撰組同好会」の 会員証を入れているという新撰組フリークでありました。
特に沖田総司に関するありとあらゆる出版物の収集に情熱を燃やしていて、 新刊書店は勿論のこと、古本屋も丹念にまわって買いそろえていました。 普段マンガは読まないけれど、コレクションを完成するためにやむを得ず買って、 「しゃあないと思って読んだのに、きっちり泣いとぉんねん」(この言い回しには かなり自嘲が入っています。彼女、マンガというものを馬鹿にしていたようで。) と言って貸してくれたのが、この『天まであがれ!』。

もちろん私も泣きましたとも。
DOZI様の作品の中でも「泣けるベストスリー」に入るでしょう。 最後まで通して読むと、作品世界の中にどっぷり入りこんでしまって、"おしぼり"も 気にならなくなります。

それでも相性の悪い作品というのはあるもので、最近文庫版を買うまで、また ブランクができてしまうのです。多分そのわけは、例の友達とは反対に、私は マンガは好きだけれど新撰組の話があまり好きではないからだと思います。 新撰組に限らず、「ああもう駄目だな、勝ち目はないな」と分かっていながら、 それでも滅び行くものに殉じて自ら破滅への道をひた走る、『滅びの美学』と いうのでしょうか。まさに五稜郭の土方さん状態、がいやなのです。哀しすぎて。 (もっと生きたいんだ、と願いながら夭折する総司のようなケースはもちろん 悲しいのだけど、お話としてはいやじゃない)

でもそういう悲壮感が好きという人にはこたえられないでしょうね。
ことに、土方歳三役にフィリップを持ってきたという配役の妙。あくまでも誇り高く、 いじっぱり、そしてクールに見えて情熱的。果たして実像とのギャップがあるかどうか わかりませんが、史実に残るその生涯はマンガに描かれた人となりと見事に 重ね合わせる事ができるのです。

大活躍の白菊丸は言う事無し。満足。

蓉姫の描き方は、千鶴先生、ミス・クイーンと続くヒロインを支えるお姉さん役の中で 最も秀逸では無いでしょうか。この役はたよりなくてドジっぽいヒロインとの対比で、 理想的なしっかりものとして描かれるがゆえに、ともすれば人間的な魅力に乏しい キャラになりがちなのですが、この作品では蓉姫の弱いところもよく描かれており、 ヒロインに負けない個性を読者に印象付けていると思います。

風守さんは…、よくわかりませんね。全編通して「この人さえいなければ、八方まるく おさまったんじゃないの?」と思わずにはいられません。(笑)
総司、こより、風守の組み合わせは、『夢幻花伝』の鬼夜叉、亜火、紗王の3人を 思わせるところがあります。どちらのケースも間に挟まった女の子が可哀相。

ページを開けば、それぞれの場面、それぞれの科白、胸にせまるものがあります。 とりわけ最終ページの

「墓碑銘は青春という」

激動の時代におのれの信じる所に従って精一杯生きた新撰組の若者たちの 物語の結末にこれほどふさわしい言葉があるでしょうか。

でも…

一旦ページを閉じて本を置けば、私の脳裏にうかぶのは、"おしぼり"なのでした。

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 今回も、作品やキャラクターの魅力を余すところなく語っていただきましてありがとうございます。 これだけ行き届けば、もう、私があれこれ申し上げることもありませんよね〜。

 というわけで、私は補足的に『天まであがれ!』の周辺事情をご説明いたしましょう。
 今となっては信じがたい話ですが、かつては「女性漫画家には歴史物は描けない」という“常識”があったそうです。 この『天まであがれ!』もそんな時代に描かれました。
 昨年(1999年)、復刻した秋田文庫や角川全集の『天まであがれ!』に、DOZIさまが、当初は3年の長期連載の予定だったにもかかわらず、 途中で、30週(7ヶ月)に短縮されたいきさつと、ご苦労を書いていらっしゃいます。
 作品の最初の頃は、DOZIさまの念願でもあり、当時はまだ市民権を獲得していなかった少女漫画での時代物作品に挑むわくわくした思いが、読み手にも伝わってきます。 ところが、やがて物語が急展開しはじめて、本来ならドラマが描かれるはずの史実が、語りによって済まされてしまう。
 その作品のあり方の変化が、「幕府のために!」と志を持ち、理想に燃えて京都に向かった近藤一家が、誰が悪いわけでもないのに歴史の歯車に裁かれ、 やがて朝敵とまで言われて日本中に身の置き所なく、誰もが最終的な決断を迫られてゆく物語の緊迫感に重なるようです。
 『天まであがれ!』は、DOZIさまの作品の中で後日の修正・加筆が最も多い作品の一つかもしれません。 例えば、リアルタイム、あるいはマーガレットコミックス収録時は、蓉姫の道行は真っ白な無地だったし、袴も無地に近い柄づけでした。 そこここに、時間も気力もぎりぎりで作品に向かっていらしたDOZIさまの状況が伺われます。

 さて、お話変わりまして、この作品でも、後のDOZI作品のレギュラーキャラになった人が登場しています。 鴨さんこと芹沢鴨です。
 作品ごとに名前は違えど『花草紙』や『摩利と新吾』で活躍するDOZIキャラの鴨さんは、とってもらぶりー、ここで語るまでもありません。 また、歴史上の芹沢鴨についても新撰組のお話には必ず登場するので、ここでは名前を挙げるだけにしておきましょう。

 そして、もう一つ『天まであがれ!』で初登場したのが“とんぼ”です。
 『摩利と新吾』の新吾には欠かせない“とんぼ”ですが、実は、総司のトレードマークが“とんぼ”でした。
 総司の“とんぼ”をいくつか拾ってみたので、ご覧下さいませ。これ以外にも“とんぼ”は『天まであがれ!』のあちらこちらに飛び交っています。 前後の台詞などからネタばれ疑惑あるものは掲載を控えたので…。
マーガレットコミックス『天まであがれ!1』 P53より
ことに下段の右が“とんぼの群れ”初登場です。画像では潰れていますが、枠線をはさんだ右下に「オニアクマ 新種」という書き文字が入っています。
MC『天まであがれ!1』 P75より MC『天まであがれ!2』 P173より MC『天まであがれ!3』 P43より
 

 今回、“とんぼ”を求めてDOZI作品を読み直して気づいたことがいくつかあります。 『あーら わが殿!』の新吾には“とんぼマーク”はありません。それと日本以外を舞台にした作品には登場しないようです。
MC『お出合いあそばせ』 P113、
『くれないに燃ゆるとも』より
YOUコミックス
『うしろの守護天使(ガーディアン)』P40より

 『摩利と新吾』の新吾は、おひさま新吾といわれるくらい無邪気、時には(特に最初の頃は)能天気なので、 私は彼の“とんぼマーク”は極楽蜻蛉(ごくらくとんぼ)の語に由来していると思っていました。

 けれども、こうしてDOZIワールドのとんぼたちを見ていると、そんな皮相な語呂合わせではなくて、日本の伝統的な純朴さ、 失われてゆく懐かしいものの象徴として描かれているような気がしてまいりました。

 それにしても、DOZIさまの芸の細かいこと。倫太郎くんのお寝巻は、ちゃんと“肩上げ”(かたあげ)をしているではありませんか!
 既製服など一般的ではなくて、着物も洋服もホームメードかお誂え(あつらえ=オーダーメード)の時代、成長の早い子供の着物はぴったりのサイズで仕立てずに、袖や丈にゆとりを持たせて布を裁ち、長すぎる分は肩や腰のところに縫いこむ“肩上げ””腰上げ”をしておきました。
 体が大きくなっただけ着物のサイズを調整して長く着られるようにする生活の知恵であり、世の中全体が今よりずっと貧しかった時代の合理的なやり繰りです。

 水玉みかんさんが『天まであがれ!』を語り尽くしてくださったことに安心して、“とんぼ”を追いかけているうちに、新撰組がどこかに行ってしまいました。 とまれ、今回は“土方・フィリップ・歳三のおしぼり”の衝撃に免じて、脱線をお許しくださいませ。


(2000.8.6 up)


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