白桃さま『オルフェ・レポート』、オルフェウス、織笛、そして、篝の関係はいかに?

 先般、BBSにて「織笛と星男はどうして全猛者連入りしたの?」と疑問を投げかけてみたところ、「織笛の原型は銀河荘にある」と皆様からご指摘いただいたため、早速「銀河荘なの」を購入し一気に読破しました。
 そしてオルフェウスのキャラクターについて、考察・・・というほどのこともないのですが多少思いを巡らせてみた点があるのです。 とはいえ、辻褄の合わない点も数々あり、多分に「こじつけちゃったレポート」になってます。
 「お気に入りの脇役キャラクターでちょっと遊んでみました☆」という程度のものとしてお暇つぶしにでもご一読いただければ、とてもシアワセです。
 ではどーぞ!

1.オルフェウスの転生〜織笛と篝へ〜

 思うに、オルフェウスの外見はそのままに、内面の負や陰の部分、悲劇性を「ざばざばっ」と洗い落としたキャラクターが織笛なのでしょう。 ただ、その洗い清め作業があくまで「ざざっと」であるゆえ、織笛にも多少ではありますが負の部分が残っていたりします。 例:失恋時の新吾の陽性への反発や、日常の発言における自己卑下の傾向・・・などなど。
 そして一方、オルフェウスから織笛に受け継がれず洗い流されたもの、すべてを背負って誕生したキャラクターが篝なのではないか・・・と思います。 篝は織笛にも多少は見受けられる陽性への反発を、究極に体現している存在です。
 また、オルフェウスの悲劇の元凶となった虚弱性も篝がすべて受け継ぎ、彼に夭逝を運命づけています。

 同じ魂に端を発した(と私が勝手に仮定した)篝と織笛がはじめて接触した時にすぐ反目し合ったのは、もと一本の磁石のS極とN極だったと考えれば、むしろ自然なことかと思います。
 また、織笛が当初は篝に対して反感をあからさまにしていたにも関わらず、その生い立ちを聞いて急激に態度を軟化させ理解を示すくだりは、自分と似た境遇に同情しただけでなく、魂の根幹に共鳴を覚えたせいなのかもしれません。

 更に、重箱の隅をつつくごとく細かい点ですが、「同一の魂から転生した2人が同い年でない点は、転生論と矛盾しないのか?」という疑問が生まれたので、自問自答してみました。
 「銀河荘なの」の終盤で3兄弟の母親が、「オルフェウスは地球環境のせいで心身に変調をきたし、自滅の道を辿ってしまった」と嘆く場面があります。 だとすれば、織笛は「オルフェウスが心身ともに健康を取り戻せたら・・・」という叶わぬ仮定が具現化した存在とも言えます。 そして、「健やかな転生」である織笛の誕生が無事完了したことではじめて残された負の宿命を背負う魂も転生に向かえたのでは、と考えてみました。
 ならば、同一の魂に端を発する2通りの転生の時間差、つまり織笛と篝の年齢差も、さほど不自然なことではないのではないか、と思います。 (ちょっと・・・いいえ大分苦しいですが・・・。)

 ここで「キャラクターの年齢差」という時系列に触れてしまった以上、本論の致命的な矛盾点についても、こっそり白状しておきたいと思います。
 オルフェウスが灰となった「銀河荘なの」の背景は、作中のセリフ等によると[ロケットも飛ぶ20世紀終わりの現代」であって、諸場面より考証するところ、どう見ても1970年代以降です。 ゆえに、織笛や篝、星男が生まれた「摩利と新吾」の時代、つまり明治末期のほうが時代としてはかなり前になってしまうのです。 物理的な可能性としては、「銀河荘なの」の登場人物たちが「摩利と新吾」の時代に「蘇る」ことはありえないのですね。(がっくり。)

 が!「転生」などという考え方自体が、すでにじゅうぶん非科学的。 よって、キャラクターの生誕は、作品の背景となる時代の順にではなく、あくまで作品の誕生順に論じてもよかろう・・・ということで、強引ではありますがこの論点はあえて無視してレポートを進めたいと思います。 (ふうー。)


2.分裂した魂の類似点と相似点

 織笛と篝はどちらも裕福な紳士の妾腹の子として、ともに繊細な美貌をもって生まれました。
 篝の美貌については、紫乃さまに「摩利に勝るとも劣らない」と言わしめるほどのもので、学内でも「新入生でピカイチ」と広く認められています。
 織笛については、元祖オルフェウスの名前およびビジュアルを継承している割には、キャラクターの差か、その容姿がとくに賞賛される場面はあまり見受けられません。
 しかし、鴨沢氏のマル秘・美男観察記録で「甘美華麗」と評されていることや、星男が織笛宅を訪ねた際、明らかに織笛似の母親の美しさに嘆息する場面などからも、性格に似合わず(?)非常に美しい外見をしていることは明らかです。

 上記のとおり、生誕の起点においては共通点の多い2人ですが、成長の過程において彼ら2人を決定的に分けた要因としては、「母親から受けた愛情の存在」が絶大でしょう。

 織笛の母親は非常に儚げな女性ながら、自らの運命を享受して堅実に生きているようです。 息子織笛に対してもごく普通の母親として、大切に慈しみ育てたものと推測されます。 枕詞のように「母ひとり子ひとりですので」とことわる低姿勢な姿からは、息子が「妾の子」として逆風を受けて育ったことに、胸を痛めている様子がうかがえます。

 一方、篝の母は自らの運命を甘受することが出来ず、息子をすべての悔恨の元凶として遠ざけ続けました。 そうして「母親から望まれない子供であった」ということを、幼少時から常につきつけられて育つ、この上ない精神的虐待です。 (それは世もすねたくなることでしょう。)

 篝が皆の前で自分を評して、「日陰者で育ったから、すぐひがみっぽい口もきくし、人に負けまいと気ばかり強くなって皮肉屋だし」と言う場面がありますが、その分析は、織笛の短所としてもじゅうぶん当てはまるところがあります。 (篝が織笛の共感を呼ぼうと、わざと言っているせいもありますが。)
 しかし、端的に言いあらわせば似た性格を持っているかのような2人でも、織笛はどこか憎めない陽性のベクトルを、篝は険のある陰性のベクトルを持っていることで他人にあたえる印象は大きく違ってしまっています。 俗に言われる「環境が人を作る」の証明のような2人ですね。
 が、一方では上記1の項で述べたように、オルフェウスからの分裂・転生を思うなら、2人の性質の差異および人生の帰結は、成長環境を問わず、避けがたい宿命であったとも言えます。


3.ヘルメス&イカルスの転生〜星男の保護本能〜

 そんな2人を共に愛し、愛された星男の存在は、「銀河荘」におけるヘルメス&イカルス(※下記注1)がオルフェウスへ寄せた愛情を受け継ぐものとして転生したキャラクターである、と位置づけてみました。 同じ魂から分かれて転生した織笛と篝を、星男はヘルメス達から受け継がれた保護本能により、一方は友情をもって、一方は愛情をもって支え、慈しみ、愛したのではないか、と。 星男の幼少時に急逝したとされる弟は、篝に似ているという設定もあることですし・・・。

※注1
愛する相手に対し、優しすぎて押しが弱い点や、思慮分別が勝り慎重な点など、性格的にはどちらかといえばイカルスに近いものがあります。 が、女ぎらいという特徴はヘルメスに重なり・・・ゆえに、星男=「兄という存在の象徴」として考えたいと思います。 篝の面倒を見たり、織笛の短慮や暴言をたしなめたりする星男の姿は、まさに兄そのものだと思うので。

 ヘルメスが抱いた「オルフェウスを守ってやることが出来なかった」という自責の念は、そのまま篝を失ったときの星男の心情に通じるものがあります。 また、もしもフリーがらみの事件が起こらず、兄弟揃ってトランシルバニア星へ帰着することが出来ていたら、オルフェウスも心身ともに健康を取り戻したでしょうから、きっと星男と織笛のように時には憎まれ口もききつつ、皆仲良くじゃれあって生きてゆくことが出来たでしょう。(※下記注2)  そして、オルフェウスが花嫁を迎えることになったなら、織笛が退学&結婚騒ぎを起こした際のようなほほえましいやり取りが、3兄弟にもあったかもしれません。

※注2
「銀河荘なの」の中では、イカルスと四六時中小競り合う相手はオルフェウスではなくフリーで、当のオルフェウスは傍観しつつ対戦記録をつけていたりしますが・・・。 組み合わせは違えど、兄弟同士で遠慮無くやり合う微笑ましさが、織笛と星男にも投影されているということでしょうか。


4.異なるものへの愛憎

 篝があれだけ嫌った新吾を最後は必要とし愛した様は、オルフェウスが結局はフリーの清らかな魂の在りように頭を垂れ、フリーを守って滅んでいった様に通じている気もします。 新吾が篝の描く絵の素直さ&柔らかさを見て言った「これが滝川の本質なのだな」という指摘は、オルフェウスの母親の言う「ほんとうは優しい子なのです」という部分に重なってみえます。

 織笛もまた、新吾の無邪気さに反発する面はあっても、結局は新吾の窮状に人一倍気を揉み、我が事以上に怒りをあらわにしています。 そうしたくだりは、オルフェウスが滅びずにすんでいたら、フリーとの間も兄弟としてかくあったのでは、と思わせます。 (オルフェウスの場合、織笛ほど直情激情型ではないかもしれませんが。 ただしオルフェウスも「さっさとおそっちまえ」だの「調子ばかりよくて無神経なんだから」だの、織笛とぴったり重なるストレートすぎる発言を所々繰り出しているので、さして遜色はないかもしれないですね。)


5.転生の理由〜魂の救済〜

 ここまで前述してきたような転生は、なにゆえ起きたのか。
 まず俗っぽく考えるなら、「夢殿先輩に次いで桃太郎先輩も卒業し、学校生活における全猛者連の図に華が不足し」、「絵柄的にも性格的にも、既存のキャラクターと重ならないタイプの美男が2人ほど欲しくなった」ことから、髪型も顔立ちも独自のビジュアルを持つ、星男&織笛が登用されたわけなのでしょう。
 また、実際には星男は織笛よりだいぶ先に作品中に登場してきていますから、誕生の原典を織笛と同様に「銀河荘なの」に求めるのは、無理があるかもしれません。
星男の性格上における「銀河荘」キャラとの類似についても、あくまで「タイプとしては似ているところがある」という程度のものです。
 そして、篝登場の理由はといえば「そろそろ新吾にもオトナになるための危機を与えて、摩利の気持ちにも気づかせなくては」ということで仇役が必要だったのでしょう。 お日様新吾への仇役としては、篝然り、幼馴みの吉ちゃん然り、世をすねているタイプが典型的な類型と言えます。

 しかし。
 あくまで勝手に、好きなように解釈させてもらうとすれば。
 オルフェウスがヘルメスの愛情を渇望しながら消えていったことを、あまりに哀れに思った神様(木原先生)が、織笛&篝として生まれかわらせ、その傍にヘルメス&イカルスの魂を受け継ぐ星男を配してくれたのではないか、と思いたいのです。 (意識的にしろ、そうでないにしろ。)
 そして、「ヘルメスの愛情を独占したい」というオルフェウスの切なる願いを、転生した魂の片割れである篝の存在がじゅうぶんに満たしたことで、オルフェウスの魂は癒されたのではないか、と。

 また、転生しても再び愛する弟を失った兄、つまり篝を失った星男ですが、今度はすべてを失ったのではなく、オルフェウスの魂の半分を持つ織笛が傍に居続けることで、救われているのではないかと思うのです。 (もちろん、星男と織笛の実際の意識レベルでは、露ほども顧みられないことですが。)

 脇役キャラクターの中で語り部としての麿は別として、織笛と星男が生き残ったことには、そういうめぐり合わせもひそんでいるのでは、と心中ひそかに考えています。 彼ら2人は、最初から「普通に幸せになれる」と約束されて生まれてきたキャラクターのような気がしてしまうのです。
 きっと彼らはおじいちゃん同士になっても、杖を武器にバトルを繰り返しているはずです。 オルフェウス達、トランシルバニア星人のように不老不死ではありえませんが堅実に長生きし、レディ・クイーンの言うように、笑って老いていくことでしょう。 今度こそ、神様(天寿)が2人を分かつまで・・・。

 なーんて。最後はちょっとこじゃれてみました。テレテレ。
摩利や新吾、紫乃さま夢殿先輩など人気絶大な方々に比べ、織笛や星男ならば好き勝手な自説を述べてもお怒りになる方は少ない・・・・・・といいな、と思います。 ハラハラ。

 以上、手前勝手ながら「オルフェウス・レポート」でした。ご一読、心より感謝します。
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 いや〜、いいですね〜、こういう愛情たっぷり、思い入れ充分な作品考察、大好きです、私。 真剣な思いをこめた遊び心ほど粋なものはございませぬ。

 が!「転生」などという考え方自体が、すでにじゅうぶん非科学的。 よって、キャラクターの生誕は、作品の背景となる時代の順にではなく、あくまで作品の誕生順に論じてもよかろう・・・ということで、強引ではありますがこの論点はあえて無視してレポートを進めたいと思います。

 白桃さまは大変ていねいに多方面から考察をして下さいました。
 思うに、ここでまな板にのっているのは実在の人間ではなく、フィクションの世界の面々だから、純然たる「転生論」というより「キャラクター論」です。 という訳で、純粋な歴史の流れではなく、作品成立年度を軸にして、私も「キャラクター論」を楽しんでみたいと思います。

 一人の作家の異なる作品に、同じキャラクターが登場するのは、"スターシステム"と称されるキャラクターの扱いであり、珍しいことではありません。
 DOZIキャラでのスターシステムといえば、"フィリップ"が一番わかりやすい存在でしょう。 日本の大学生としてDOZIワールドにデビュー直後に、北欧の領主を演じ、取って返してパリ大学の学生になって、あれこれ長い旅をしながら、江戸時代大詰めに新撰組の副長を勤め上げた直後に、鎖国前の日本にペルシャの王子として登場…と変幻自在。 (拙サイト「DOZIさまがいいの!」の拙稿「フィリップ・レポート」をご参照いただければと思います。)

 さて、『摩利と新吾』ですが、この作品は当時のDOZI作品集大成の観があって、それまでの作品からさまざまなキャラが参加しています。 極端な話が主役の摩利と新吾からして『あーら わが殿!』以来の再登板です。
 もちろん、夢殿さん、紫乃さんなど魅力的なオリジナルキャラぬきには語れません。
 その一方で、『天まであがれ!』出身で、『花草紙』『王子さまがいいの!』でも渋い脇役で決めていた鴨さん、『もう森へなんか行かない』で比類ない伸びやかな感性を存分に発揮していたルミィなどは、元役のイメージを一新しています。

 白桃さまのレポート中に名前があがっているメンバーでも、へるめす教授、織笛は名前を和風にアレンジ(とも言い難い気もするけれど)しただけで、まさに『銀河荘四兄弟』以来の再登板です。 『天まであがれ!』で、2人ともチラッと姿を見せたりしていますが、主要キャラとしては動いていませんから。
 そういえば、銀河荘に住んでいた頃は、すでにトランシルバニア伯爵は他界した後で、母子家庭。 しかも、人目を避けるためか、ヘルメス、イカルス、フリーの3人組と、マダム・セメレー、オルフェウスの母子とが、しばらく別れて暮らしていたとか。
 経済的には不自由はないけれど母子家庭で、母一人子一人の生活環境という点も、オルフェウス、織笛、篝と境遇は似ています。


 このスターシステムについてDOZIさまご自身はどのようにお考えなのか、少々気になって資料を探してみました。 まんが専門誌「ぱふ」1980年7月号に掲載されているインタビューの中に次のようなくだりがあります。(P74)
―― フィリップに代表されるように、同じ名前がよく繰り返し使われるのはどうしてですか。
木原
 
無声映画のワンマン監督のつもりなんですよね。
―― じゃあ、スターシステムですか。
木原
 
ええ、意識はさほどしていないんですけど。出てくる人みんな好きで描いているんですよね。つい愛情がこもっちゃうわけですよね。主人公がいいかっこして、花しょってレースビラビラで出てきたら、じゃあその他大勢はかわいそうだから、おまんじゅう食わせとこうとか(笑)。
―― じゃあ、前作ではこの名前の子を不幸にしちゃったから、同じ名前を使って今回幸福にしてあげようとか…
木原
 
あれはええ、すごくそういうところあります。
 1980年7月、このインタビューを受けた前後、DOZI作品の状況はといえば、同年LALA2月号に『忍ぶれど』が掲載され、なんと3月号からは『摩利と新吾』"篝篇"がスタートしました。 摩利と新吾が桜豪寮で別居生活を始め、織笛が新吾と同室になって主要キャラに昇格、更に問題の「世をすねる会会長」篝が登場しています。 7月号は更に話が進み、新吾の両親が急逝して、篝が手首を切り、新吾が家出するあたりです。 すでにこの時点で、織笛も宿命の恋を抱え込んでいます。

 当時の持堂院の状況を踏まえてみると、DOZIさまのインタビューが、より具体的に感じられませんか?  その上で、白桃さまのレポートをお読みいただけば、私のコメントなど全く不要と、いつもながらの結論です。
 という訳で、本日もオチもないままに、この辺で失礼いたしましょう。


(2000.11.13 up)


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