さそり座の男、夢殿のホロスコープ …夢殿にとっても摩利は運命の相手です

* ネタばれが続きます *

 摩利と新吾のホロスコープを作っていた時、なんで睡眠時間を割いてこんなこと!と、 言い放てない自分に腹を立てていました。(う、すでに夢殿風だ…)  そのくせ摩利のとの絡みで絞りをかければ、夢殿のホロスコープも出来そうだなんて思いついたら、もう、即、探しはじめている私…。
 摩利と新吾に次いで、夢殿も偶然とは思えないほどハマリきった結果となりました。 かなり長い解説ですが、これでも1/3以下に縮小したものです。 ご笑覧いただければ幸いです。


1、はじめに(出生地など)
 春日 夢殿明治45年3月の時点で22歳の蠍座です(註1)から、誕生日は 1889年の10月から11月の生まれ、出生場所は帝大在学中の自宅、東京府牛込区神楽坂として作成しました。

 夢殿の両親については、父上は政界の実力者で、帝大生時代の夢殿をつれて料亭で芸者を上げてのご接待をうけたりしていますが、母上については語られていません。
 しかしながら、春日家の様子や夢殿の自宅での若様ぶりから、母上もきっと由緒格式財産あるやんごとないお家柄のお姫様と推測されます。 信州、浅間山を眺める夢殿の祖父母の邸宅(註2)は、あるいは母上のご実家かもしれません。

 そのような母上であれば、殿には側室があって当たり前の感覚で、夢殿の父が妾宅を構えても動じないでしょう。 お嫁入りにの時には、ばあやや小間使いが付き添って、豪華絢爛たる嫁入り道具に別荘、田畑、山林やらの不動産まで持参して、嫁いでからも、頻繁にご実家から新しいお着物や帯を届けがてら、様子うかがいにお使いのものが遣わされているとイメージしています。
 もちろん、篝の母のような感じではありません。内にあって女主人として使用人たちを仕切って春日家を切り盛りし、自分の子供のみならず妾腹の子供たち教育にも気を配り、対外的には政治家である夫とともにあでやかな洋装姿(夢殿の母が美形でないわけない)で西洋の舞踏を披露しては鹿鳴館政策に貢献しつつ、政治家や政商のお歴々のご接待こなし…。 すみません、妄想が限りなく広がってしまいました。

 このような根っからの華族・士族のお姫様であれば、実家に下がってのご出産の可能性も充分に考えられますが、夢殿は春日家の嫡子なので、春日の本家、神楽坂の大邸宅でご誕生としておきます。 その他にも、春日家が夢殿誕生後に転居したなどあれこれ可能性が考えられますが、その辺をごちゃごちゃ検討するよりホロスコープを見ている方が楽しいので今回は深く追求しないということで、よろしくお願いします。  
(註1) 白泉社文庫2,P283、花とゆめコミックス4,P131、角川全集16,P245
(註2) 白泉社文庫2,P122、花とゆめコミックス3,P86、角川全集16,P86

2、ポイントになる星は?
 最も夢殿らしさが出るのはどんなケースかを随分考えましたが、なかなかこれっ!という物が見つからなくて、諦めかけていました。 なまじ、私自身が蠍座なので誕生日を同じにしたいなど不純な思いを断ちきるまでが 大変だったことも告白します。

 その煩悩を絶ちきった途端、ふと目についたのが土星と海王星のスクエア(90度)退廃的にして道徳的に許されない恋に嵌まる…という意味があります。 これが最初の鍵です。
 次に、夢殿がついに逃れられなかった叶うはずのない恋、しかも、本人もそれが社会的に容認されるはずもないことを熟知していた恋をホロスコープ上にどのように読み込むか…。 つまり、摩利のホロスコープとどのように連動させるかを考えてみました。

 1899年10月、太陽が蠍座に入って、なお且つ土星と海王星がスクエアを形成する期間の各惑星の軌道を追ってみると、月が射手座を通過しているではありませんか!
 「摩利と新吾のホロスコープを作りたい(2)」でもご説明しましたが、摩利の太陽は射手座にあって、しかも恋愛関係で見ると、月が太陽に惚れ込む関係にあります。 ですから、夢殿の月摩利の太陽一度たがわずの角度でしっかり重ねてしまいました。
 摩利の太陽射手座の6.4度なので、夢殿の月射手座の6.4度と設定すると、土星と海王星のスクエアはやや緩やかになるものの、アセンダント、M.C.もなるほどと納得できる配置です。 しかも水星がM.C.にコンジャンクションし、 更に火星がノーアスペクトになることを決め手として、試作したホロスコープが夢殿のものであると認定。
 したがって、夢殿は 1889年10月27日(日)午前10時21分、東京生まれと設定いたします。

3、夢殿のホロスコープ
1889年10月27日(日) 午前10時21分 東京生まれ


[ 解説 ]
* アセンダントが射手座、M.C.が天秤座 *

 蠍座は陰湿という一般的なイメージとは裏腹に、夢殿先輩と多くの後輩に慕われて面倒見が良くて、おおらかで開放的なイメージがあります。 摩利や新吾の前の代に全猛者連をまとめていた時も、リーダーシップは存分に発揮して いたものの、ビバルディや飛龍など同級生との合議システムが良く機能した全猛者連を愛し、力による統治とは無縁でした。
 特に、自分の相棒ビバルディの為に、新入生の新吾と摩利が一芝居打つとなれば、 “悪者役”を当然のごとく引受ける度量も見せています。

 アセンダントは生来の資質をあらわしますが、射手座が意味するところは活動的、活発、物事にとらわれない大らかさです。夢殿って結構、独り思い悩んで悶々としています。 そのくせ、結局は居直ってあっけらかんと「あっはっは」と笑い飛ばして、物事にオチを 付けてしまう…。 現実より理想を見つめていたい射手座の暗示も、夢殿らしいところです。
 また、社会的な姿をあらわすMCが天秤座ですから、学生生活でも社交性を発揮し、特に、人間関係の調停役として活躍する運勢です。 職業運としてみると団体や組織で人をまとめる立場に向いています。


* 太陽、木星、土星のレサートライン *

 無条件に努力いらずの幸運(木星と土星の120度)と、努力がそれ以上に大きく実る幸運(太陽と木星、太陽と土星がそれぞれ60度)の組み合わせをあらわすグループフォーマットが、レサートラインです。 しかも、太陽木星土星という強力な惑星群が生来の気質(第1ハウス)、先祖から承継するもの(第8ハウス)、社会運(第10ハウス)ととても重要なポイントに置かれて調和しています。
 すなわち、由緒ある資産家の次期当主という立場(第8ハウスの土星)にあって、自分の意志で父親の職業を受け継ぎ(第10ハウスの太陽)、それらを自分にとって天与の幸運と受入れている(第1ハウスの木星)夢殿の姿です。

 夢殿は父親から、公的には政界の重鎮の後継者という立場を、私的には複雑な家庭の統率者の立場を受け継ぎます。 なにしろ、異母兄弟の存在が公になっているわけですから、彼らの母親(たち)(註3)の存在も含めて、一族をまとめなければなりません。

 でも、本来的な自分を表す第1ハウスにある木星の祝福を受けていますから、ノブレス・オブリージ (特権をもっているものは、それに相応する義務を負わなければならない)の原則を生まれついて肌で知っていて、自分が引き受けるものの清濁両面を良く理解して受入れています。
 むしろ、親の意向に沿った結婚を受入れるのと引き換えに、表向きは海外留学、実のところはかなわぬ恋人を追っての遊学を実現するなど、自分が逃れられない枠の存在を是認しながらも、それを前向きに利用するしたたかさがあるくらいです。

 公私にわたる重責にたじろがず、課される責任を当然のごとくに完璧に果たしてゆく実務処理能力は、山羊座の木星と乙女座の土星がプラス面を相乗的に引き出しているが故でしょう。 見果てぬ夢の恋を追いながらも現状認識は誤らず、極めつけの自信家で、しかもそれを実績で裏付けてゆく――、それが夢殿の生き様ですから。
(註3)
嫡出でない兄弟が3人いることは夢殿自身が語っているが、その3人の異母兄弟がひとりの婦人の子供であるかどうかについては不明である。 白泉社文庫6,P213、花とゆめコミックス11,P75、角川全集20,P121参照


* カルミネートが水星 *

 生まれた瞬間に天頂にあった星のことをカルミネートといい、その人の社会的な方向性や社会の中で最も目立つ姿を現します。
 夢殿のホロスコープでは水星が見事にMC(註4)に重なっています。 即ち、夢殿が生まれた瞬間に天頂には知性を司る水星があったわけです。 ですから、夢殿は、周りからの人からはごく自然に、知的で頭脳明晰な切れ者という受け止められ方をします。
 留学先で夢殿は、迫力ある弁論術を賞賛されながら、知的過ぎると大衆受けが難しいと冗談交じりの忠告を受けています。(註5) 知性と並んで雄弁も水星の意味するところであり、 まさにMCの天秤座の水星の祝福豊かな夢殿です。

 また、水星意志伝達能力、商才、交渉力、語学力の星でもあり、それがバランス感覚交渉ごとを暗示する天秤座を運行しています。 つまり、複数の意見を調整してまとめながら自分の見解を通してゆく能力にたけていることが伺われます。
 持堂院時代から個性派揃いの全猛者連を手際よくまとめていた能力も、この水星ゆえです。
 父をついで政治家となってからも、平素は無益な権力闘争に走ることなく、合理的に効率よく問題処理を進め、自分の政治家としての実績を積み重ねてゆくでしょう。

(註4) 天頂のこと。黄道と子午線の交点。Midum Coeliの略
(註5) 白泉社文庫7P227、花とゆめコミックス13P19、角川全集21P119 参照


* 恋愛運、結婚運、女性観、エトセトラ *

 さて、お待ちかね、夢殿の恋愛運と結婚運をまとめてみましょう。
 さきにご説明した通り、“退廃的で道徳的に許されない恋に嵌まる”運勢を暗示する海王星と土星のスクウェア(90度)を夢殿のホロスコープを特定する時に決め手の一つにしました。 それでも、海王星と土星がぴったり90度と言うわけでなく2度ほどぶれているので、のめ込んだ危ない淵から立ち戻れる救いになっているのかもしれません。

 恋愛運を見るのに不可欠なのが金星です。
 夢殿の金星は天秤座、第9ハウス、社交性は充分なので、女性に限らず人との出会いにも恵まれます。 ただ、現実生活につながらない理想の追求を意味する第9ハウスの暗示から、実にならない恋をとことん追いかける可能性を秘めています。
 金星は男性にとっては女性の好みも象徴します。 第9ハウス、天秤座に金星がある男性の場合、類型的には、容姿端麗で洗練された社交性を身に付けた知的な女性に惹かれると読めます。

 ところが、夢殿の金星は海王星・冥王星の2つの惑星からエネルギーを送られています。
 海王星夢、ロマン、即ち非現実的であり常識をなし崩してゆく働きを持ちます。 冥王星は社会通念をも否定するほどに、海王星の働きを高めます。 特に、夢殿の海王星と冥王星は主体的な自己表現の場である第5ハウスに位置するので、夢殿が純粋に自分の歓喜の世界を求める時に大きく力を発揮します。
 金星に注がれる海王星と冥王星のエネルギーがあるから、公になれば世間は眉をひそめるであろう恋愛感情であっても、夢殿は社会通念からの逸脱を承知の上でその情熱のままのに走ります。
 あるいは、夢殿は海王星・冥王星の影響を受けない恋愛がありえない運命なので、逆にいうと、彼は常識から逸脱する要素がない恋愛にはのめり込めないのかもしれません。

 ここで、さらに面白いの夢殿の金星は月からもエネルギーが送られていることです。
 月が位置する場所はその人にとって心が休まる場所をあらわします。
ご覧のように、夢殿の月は第12ハウス、射手座にあります。 第12ハウス潜在意識、無意識の自我の世界ですから、他人から干渉されない内的な感覚の世界で、ひとり何ものにも捕らわれない世界を思い描き、その世界に遊ぶことで、夢殿は心のバランスをとっているとよめます。

 同時に、母親や妻をあらわします。
 夢殿の月は先に述べたように第12ハウス、射手座にあるばかりでなく、海王星・冥王星と緊張関係の180度になっています。 これは、夢殿が幼児期、自我が確立する以前に母親に対して漠然たる不安感あるいは、心や感覚の部分が満たされない想いを抱いていたことを暗示します。
 思うに、夢殿の母には、どうしても春日家の女主人として対外的な役割がついて回って、子供のことは乳母をなど使用人の手にゆだねざるを得なかったのかもしれません。 もしくは、子供を母親が自分の手で育てるのは庶民の習慣とするかつての貴族階級の常識にのっとって、誕生直後から乳母の手で育てられたのかもしれません。
 夢殿は、長男として生まれながら母親を独占する経験を持てないままに、持ち前の聡明さが先に立ち物分りの良い子に育ってしまって、その心の奥に不安定な部分を秘めているような気がします。
 そして、この所在無い不安感が夢殿の女性観に影を落とし、妻にも情緒的に依存することを無意識の部分で避けているのかもしれません。
 ここに、摩利に「いつも誰より強くて いつもひとりだから……」と看破されて苦笑する夢殿の孤独感の原点を見たような気がします。(註6)

 海王星と冥王星によって世間や道徳的な無形の拘束から解放され、月からは現実世界への懐疑的な感性に美意識を与えられた金星が、夢殿にもたらした至高の恋人は「容姿端麗で洗練された社交性を身に付けた知的な女性ではなく、「容姿端麗で洗練された社交性を身に付けて頭脳も明晰な摩利だった…。 妙に、納得できるオチがついてしまいました。
(註6) 白泉社文庫8P76、花とゆめコミックス13P180、角川全集21P280 参照

 次に、結婚運です。
 先述の通り、夢殿の恋愛観は世俗的な拘束や常識的な判断から開放されているので、自分の恋愛感情が社会通念上背徳的といわれる事への恐れもなければ、恋愛と結婚は別物と割り切ることに後ろめたさを感じることもありません。
 その上で、夢殿の結婚運で特筆すべきは土星を頂点とする月と冥王星・海王星のTスクウェア(てぃーすくうぇあ)です。 月と冥王星・海王星が180度、その両端から土星が90度を形成するグループフォーマットで、葛藤を克服して運勢を切り開く不安定で激しい発展運を暗示します。
 夢殿の場合は、家督の因習(土星)、母・妻に象徴される女性への潜在的不安感(月)、背徳や非現実的な感覚への傾斜(海王星・冥王星)が激しい葛藤の末に、落ち着きどころを決めてゆく人生を暗示しています。

 現実的諦観のもとに親の決めた婚約者を受け入れ、その見返りとして遊学の機会を獲得し、欧州では第一次世界大戦による足止を奇貨として6年も“成就のするはずのない本命の恋人”を追い続け、帰国後、「年貢の納め時」状態で結婚した妻とそれなりに穏便な家庭を持つに至ったは、このTスクウェアが示すところでしょう。


* 火星のノーアスペクト *

 夢殿の火星は他のどの天体とも角度を作っていません。 これはノーアスペクトと言われ、通常の生活の中では火星のエネルギーがどの天体にも流れ込まず、また、火星に影響を与える惑星もない状態を表しています。
 火星は本来は情熱の星であり闘争力をあらわします。 つまり、夢殿の日常生活には、情熱に任せた行動、剥き出しの対抗意識などは無縁の存在です。
 もちろん夢殿のこと、学問、剣道なども人並み以上の努力をしていたと思われます。 が、それは闘争心のあらわれと言うよりは、自分の立場や責務をそつなくこなすという美意識が先行しての行動だったと思われます。 火星より、太陽・木星・土星のレッサートラインの力ですね。
 或いは、カルミネート水星が示すように、知的にクールに自分の実力で物事に対処すれば、その成果に周囲が納得するので、闘争心を剥き出しにする必要はなかったかもしれません。

 ノーアスペクトのもう一つの特徴は、日常はその星のエネルギーは使えない分、非日常的な事態に直面すると爆発的な力を発揮することです。
 冷静沈着にして何事にも度胸の良い夢殿が、摩利に対しては、ふとした弾みに我を忘れて、激情のままに身も蓋もない行動に走ります。 まさしく、日常、抑圧された火星のエネルギーの爆発と言えるでしょう。 この点については、次の摩利との相性において詳述します。



4、夢殿と摩利との相性
外側が摩利、内側が夢殿です


* 太陽と月の相関関係 *


 夢殿が摩利にとことん惚れ込んでいることから、夢殿の月が、摩利の太陽と一度たがわずに重なるように設定したのは、先に述べた通りです。 そうすると、夢殿の太陽と摩利の月が、ほぼ90度になり反発しあう関係になります。
 誤解されやすいのですが、“反発する”ということは“縁がない”訳でもないし、“相性が悪い”訳でもありません。 何らかの関わりがなければ、人間関係には反発さえ生じません。
 つまり、反発の要素が前面に出るとは言え、スクウェア(90度)は、お互いが無視できない存在として 関わりあってゆく運命にあること、更には、二人の間に切磋琢磨の向上心が生み出される可能性を意味しています。
 例えば、夢殿と摩利が初めて言葉を交わした時に、夢殿は摩利を抱き寄せ、摩利はにっこり微笑んで夢殿の腕をねじり挙げた…、いかにも、この二人の出会いらしい光景です。(註7)

 しかも、夢殿と摩利双方の月がほぼ120度の安心感をもたらす角度で、二人が情緒の世界で自然に共鳴する関係を作っています。 この夢殿と摩利の月は、摩利と新吾の月同士の関係より緊密な角度です。
 つまり情緒的共感に限っては、夢殿は新吾に勝るとも劣りません。

 抱き寄せ、腕をねじり挙げて始まった二人の人間関係のその後の変化をご覧下さい。

「取引してくださらないんですか」
「そういう口のきき方はきらいだ (すなおに甘えてほしい すなおに)」(註8)

 これは学生時代、青春の激情のままに、二人とも自分の全存在を賭けてやりあっていた時の会話です。 やがて社会人として実績を積み自信がついてきた頃の会話と比較してみましょう。

「手におえなくなって残念ですか?」
「ますます おとしがいが あるってもんさ。 それに 超えられるのは 好かん とくに後輩ごときにはな」(註9)

 最終的には二人が同化できない存在であることへの醒めた諦観に立ちながらも、相手の存在を損得を超えて受け入れる懐の広さへの信頼と、孤独な生き様を図らずも選択してしまった共感の深さが垣間見えます。
 ほとんど直感に導かれての出会いに始まって、恋慕と葛藤、そして、共鳴と諦観へと、二人の成長に伴った人間関係の変質の中に、太陽と月、即ち、意志と情緒の近似と矛盾が共存する関係が反映しています。
(註7) 白泉社文庫1P18、花とゆめコミックス1P18、角川全集15P18 参照
(註8) 白泉社文庫6P85、花とゆめコミックス10P133、角川全集19P317 参照
(註9) 白泉社文庫8P77、花とゆめコミックス13P181、角川全集21P281 参照

* 金星と火星 *


 まず、夢殿の金星ですが、摩利の太陽および月の双方と60度で調和してます。 ですから、摩利の天性の華やかさを伴った行動力や、他人に弱みを見せたくない気位の高さに、夢殿は、並みならぬ好意をもつでしょう。 夢殿の月が摩利の太陽に重なっていて、情緒的に惚れ込む要素に加えて、摩利の言動や思考が夢殿の美意識にかなって好ましく感じられる部分です。
 夢殿が摩利の置かれた状況を常に分析しながら自分との距離を測って、その時々に摩利にとって必要と思われる自分のかかわり方を模索していたのは、この金星と太陽・月の調和のゆえでしょう。

 一方、摩利は、自分が新吾のプライドを踏みにじっていることに気づいた頃から、夢殿が自分の父・鷹塔伯爵に似ていると思うようになります。(註10)  これは、重度のファザコン摩利の感覚からすると最高の賛辞です。 摩利の意志(太陽)や感性(月)が、夢殿の美意識(金星)の共鳴した結果でしょう。
(註10) 白泉社文庫5P145、花とゆめコミックス9P51、角川全集19P51 参照

 次に、火星です。夢殿の火星がノーアスペクトで他の惑星とエネルギーが流れないことは既にご説明したとおりです。
 ところが、摩利のホロスコープと重ねると、夢殿の火星摩利の金星と120度で調和しています。 これは、恋愛・情事・美意識(金星)と、情熱、破壊的なまでの行動力、更に言えば性衝動(火星)の交流です。

 冷静沈着な夢殿が、摩利に関してはほんの些細なことで動揺し、自分を抑えられなくなって衝動的に常軌を超えた行動に出ます。
 たとえば、新吾が夢殿に「摩利は誰にもやらない」と告げたことを聞いて、摩利がこの上なく嬉しそうな顔を見せただけで、夢殿は耐え切れず「人知れずきみをとじこめてやろうか」などと、あらぬことを口走ります。(註11)
 かと思えば、欧州から近況を告げる新吾と摩利連名の手紙で、受取人・夢殿の名前が摩利の筆跡だと見て取れば胸が高鳴り、ついでに発作的に現実逃避をはかって婚約者の来訪をすっぽかします。(註12)
 極めつけは、ドリナ帰国後に別居した摩利と新吾が、通学時間に待ち合わせをして数分の語らいの時間を確保していたことを知った時でしょう。 摩利が新吾と立ち話をしているだけで嫉妬に駆られて、その夜、摩利の自宅まで押し倒しに駆けつけてしまうのですから。(註13)
 いずれも、日頃は働きかける対象のない夢殿の火星が、摩利の金星に触発されて爆発的に情熱がほとばしる瞬間です。
(註11) 白泉社文庫5P276、花とゆめコミックス9P180、角川全集19P180 参照
(註12) 白泉社文庫6P208、花とゆめコミックス11P70、角川全集20P116 参照
(註13) 白泉社文庫7P230〜、花とゆめコミックス13P22〜、角川全集21P122〜 参照

 しかも、120度の調和は双方に心地よく作用しますから、夢殿の暴発は摩利にとっても決して苦痛ではありません。
 新吾が家出して摩利が“緩慢な自殺状態”に陥った時に、夢殿は摩利を救済するために“即物的行為”に走ります。 が、それが、摩利の救済の為ばかりではなく、自分の欲求の実現でもあったことを後日、夢殿自ら新吾に語っています。(註14)
 と、同時に、摩利も、自分にとってそれが悦楽の一時だったことを ――自己嫌悪に陥ってはいましたが―― 認めています。(註15)
 とにかくショック療法としての効果は確実だったことをあわせ考えても、この情事は両者にとって決して不幸な出来事ではありません。
(註14) 白泉社文庫4P314、花とゆめコミックス8P82、角川全集18P248 参照
(註15) 白泉社文庫4P206〜、花とゆめコミックス7P140〜、角川全集18P140〜 参照
 しかしながら、120度の調和がもたらすのは心地よい現状への安住であり、ぬるま湯に浸った状態ともいえます。 成長のために前向きな労苦とは無縁の心地よさであり、ときとして惰性に流れた現状追認にもなります。
 新吾との関係が色恋抜きと確定して、家中の酒瓶を空にした挙句、手当たり次第ともいえるご乱行で心身ともにぼろぼろになった摩利は、夢殿との情事に身をゆだねて救われながらも、
 「おれの成長を妨げるほどにやさしい あなたはおれを甘やかす  だから おれには あなたでは だめなんだ」
と、理性の部分ではそれが一時的逃避であって、早晩解消されるのが自分にも夢殿にも望ましいと見極めています。(註16)
 そして、夢殿も、自分に体をゆだねてはいても、心まではゆだねる気のない摩利のこの態度を、摩利の成長の証と肯定的に受け止めています。 もっとも、だからといって、夢殿には自分の恋愛感情を否定する気持ちはかけらほどもなく、諦めず追い続けることを自分自身に誓っていますが。(註17)
(註16) 白泉社文庫4P237、花とゆめコミックス13P29、角川全集21P129 参照
(註17) 白泉社文庫7P242、花とゆめコミックス13P34、角川全集21P134 参照

 先に見たように、夢殿と摩利の本質的人間関係は、年月を重ねながら二人の太陽(意志)と月(情緒)が相互理解と反発によって育まれました。そこに、摩利の金星(美意識)と夢殿の火星(情熱)の交流が特異な彩りを添えることで、それぞれの人生をこの上なく豊かにした ―― 最後に結論めいたまとめをするならば、このよう感じで如何でしょう。
(2000.4.20 UP)

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