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◆◆ コンサートレビュー 1 ◆◆


"RING" REPORTS IN Karlsruhe '98

大野さんは、この秋(1998年10月、11月の2サイクル)、日本人として初めてワーグナー「指輪」4部作の通し上演を指揮されました。
このホームページ開設を記念して、実際にその舞台を見てこられた方々にレポートをお願いしました。

バーデン州立歌劇場前の「指輪」の垂れ幕 撮影:ミセスN
バーデン州立歌劇場前の「指輪」の垂れ幕
 撮影:ミセスN
1、ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
 1998年11月7日、バーデン州立劇場 (岡本稔、音楽評論家)
音楽評論家 岡本稔氏
岡本氏は「音楽の友」誌や日本経済新聞の音楽評論で活躍中の若手評論家。
辛口だが、曲や演奏の社会的な背景まで踏み込んだ評論は、格調の高さで知られている。
今回は特別に一文を寄せていただきました。
 大野和士が《ニーベルングの指環》のチクルス上演に初挑戦した。
 カールスルーエの劇場は、ワーグナーの弟子筋にあたるモットルが音楽監督をつとめて以来、ワーグナー上演をひとつの大きな柱としているだけに、現音楽総監督の大野にとっても10月、11月の2サイクルにわたる連続上演は力量を問われる正念場となった。
 そのうち筆者が見たのは第二回目のチクルスの《ワルキューレ》(11月7日)、《ジークフリート》(11月15日)の2公演である。

 《ワルキューレ》では残念ながら歌手の一部に問題があり、それに足をすくわれたところもあったが、全体としては彼の師であるサヴァリッシュの指揮を彷彿させるワーグナー演奏の伝統をしっかりとふまえた演奏だった。
 この上演にはバイロイト音楽祭の総帥ヴォルフガング・ワーグナーも臨席し、終演後に大野へ盛んな拍手を送っていたのが印象的。
 それをみていると、いつの日かバイロイト音楽祭で指揮する大野の姿に接することも夢ではないような予感がした。

2、ワーグナー:楽劇「ジークフリート」
 1998年11月15日、バーデン州立劇場 (岡本稔、音楽評論家)
 《ジークフリート》ではヴォルフガング・ノイマン(ジークフリート)、リーズベト・バルスレフ(ブリュンヒルデ)という第一級のワーグナー歌手が客演したこともあって見違えるばかりの充実した出来となった。
第3幕ではこの二人が高らかに愛を歌い上げ、ワーグナーを聞く醍醐味を堪能させてくれた。

 同時期、ベルリンではティーレマンが《リング》に初挑戦し、筆者も《ジークフリート》、《神々の黄昏》を聴いてこの指揮者特有の濃厚な音楽づくりに大きな感銘を受けたが、より緻密に伝統に即した解釈を示した大野の解釈もそれに一歩もひけを取らない。
 この二人はドイツで良きライヴァルとなることだろう。

3、ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」
 1998年11月21日、バーデン州立劇場 (ミセスN 特派レポーター)
 半年ぶりのカールスルーエは、すっかり冬の装いだった。去年の3月に訪れたときは、春の息吹が感じられた劇場前の公園も、うっすらと雪化粧している。ピーンと張りつめた冷たい空気が、昨夜からいささか昂揚気味の気分に、とても心地よい。
 前回は残念ながら『ドン・ジョバンニ』のチケットを入手できず、劇場の中にも入れなかったので、嬉しさもひとしおだ。
特派レポーターミセスN 1998年11月バーデン州立歌劇場前にて
特派レポーターミセスN
1998年11月バーデン州立歌劇場前にて
 午後4時、街に明かりが灯り始める中、劇場へ向かう。黄昏時の美しさを楽しんだのも束の間、予想外のハプニングが起きる。 日本で予約していたはずなのに、予約の名前がないというのだ。一瞬目の前が真っ暗になるが、運良く当日券を入手でき一安心。 それも、前から6列目のど真ん中という願ってもないシートだ。

 このバーデン州立歌劇場は、席数1,002席とやや小ぶりだが、とてもモダンで瀟洒なつくりだ。 ドイツの音楽誌『スカラ』で第9位(1998年9-10月号)というだけのことはあり、音響も劇場の雰囲気も素晴らしい。

 午後5時。いよいよ開幕。荘厳なオーケストラの響きが、劇場空間を満たしていく。 幾重にも飛び交うライトモチーフが次々と浮かび上がってくる。 歌手陣は、ジークフリート役のWolfgang Neumann(マンハイム歌劇場の専属歌手)の安定した歌唱をはじめ、ハーゲン役のGregory Frankは、若さもあるが将来性を感じさせる表現力で、カーテンコールでは大喝采を浴びていた。
惜しむらくは、ブリュンヒルデ役のCarla Pohl。60才とは思えない強靱な声だが、さすがに後半は疲れがみえた。

 終演後、楽屋口へ。 大野さんに一目でもお会いできればと思っていたところ、カンティーン(劇場付属の職員食堂)へ連れていっていただき、ソリストやオーケストラや合唱団の皆さんがたちが、家族も交え、公演後の余韻を楽しみながら談笑している中で、お話を伺うことができた。 隣席は、ノイマンご夫妻で、日本びいきらしい奥様が、着物の生地でつくった洋服を披露してくださる。 とてもアットホームな雰囲気。劇場とは本来こうした場所と時間があってのものだろう。 大野さんも、こういう中での仕事ができるのがとても楽しいとのこと。

 日本での『指輪』の公演は、当分難しそうというのは残念だが、何はともあれ、大野さんの劇場で、大野さんの指揮姿を拝見でき、お話まで伺えて、感激・感動の連続一日だった。





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