11, パリの雪雲


 1908年(明治41年)になって最初に届いた新吾の手紙には、毛筆で新しい年への希望と摩利との再開を願う言葉が書かれていた。 印南のお祖父様の仕込みか、和紙に綴られた行書がずいぶん大人びてきた。
 新吾と摩利は物心つく前から、お祖父様が手にもった短冊(たんざく)に、水茎(みずくき)の跡も鮮やかに歌を書き付けるのを見ていた。 お祖父様の気楽で楽しげな所作を真似た2人が悲惨な結果になったのは、5歳の時だった。 以来、週に一度は2人してお祖父様の前に端座して手習いをするようになった。
 掛け軸が下がり、香炉が置かれた床の間を背にしたお祖父様に向かって、きっちりと正座してお辞儀をする。 ご挨拶がすんでから、めいめいの文机で硯(すずり)に向かう。 一連の作法が洋館育ちの摩利にはカルチャーショックだった。
 今日、筆を鉛筆に持ち変えても、摩利が整った品の良い文字を書けるのはこの手習いのおかげだと思音は言う。 内心、その文字に少し神経質な印象があるのは摩利の置かれた環境のせい、ひいては自分のせいだと思いながら。

 行儀作法には震え上がるほど厳しかったけれど、今にして思うとおおらかで腹の据わった人だったよな。 天保年間の生まれで幕府ゆかりの医者の家系でありながら、見るからに混血児のおれを新吾と同様にかわいがってくれたんだから。 手習いが終わってからいろんな話を聞かせてくれたっけ。
 「『弘法、筆を選ばず』とはどういう意味かわかるかな?  弘法大師はあらゆる書体に通じていたから、その時その時、手にした筆に合わせて書体を自在に変えたというのが本当の意味じゃよ。 どんな筆でも上手に書けたなんて浅はかな言葉と思ったら大違いじゃ」
 新吾もおれも目を丸くして聞き入っていたな。

 新吾と摩利の手習いの日、お祖父様は床の間に、とっかえひっかえ印南家秘蔵の年代ものの軸を掛けた。 禅僧の墨蹟、鎌倉時代の写経、室町時代の歌集の一部を表装したもの、安土桃山時代の画賛、どれも新吾と摩利に色々な書体を見せるためだった。
 香炉からは鋭くさわやかな香(か)が立ち上(のぼ)り、修練の場を引き締める。
 後年、お祖父様の葬儀で、ちびたちに贅(ぜい)を尽くした手習いをさせてくれたと新吾だけでなく、摩利も恥ずかしげなく涙した。


 手紙だけでは気持ちが届かないとでも言うのか、翌週には新吾から荷物が送られてきた。 これまで受け取った中で一番大きな木箱だった。
 「いったい、新吾のやつなにを送ってきたんだ?」
蓋を打ち付けた釘をぬいて中をのぞいた摩利は、あっけに取られ次の瞬間、笑いが止まらなくなった。 手の甲で笑い涙をぬぐいながら、荷物の上に載せてあった封筒に言葉をかけた。
「あのなあ…。もう、読まなくたって書いてあることはわかるよ、新吾。『背が伸びて小さくなっただろうから送る』だろう?」
 うやうやしく木箱に納まったごわごわぱりぱりの真新しい柔道着を広げると、 「摩利はどちらかというと剣道より柔道のほうが得意だからな」と、 うきうきと荷造りをする新吾の声が聞こえたような気がした。

 「着心地の良いものではないから、部屋着にするわけにもいかないしなあ」
摩利はしばらく柔道着を両手に広げ持って考えていたが、アグネスに見せて柔道の話をしようと、そのまま旅行鞄に押し込んだ。 また、明日からしばらく彼女の館に泊まり込むことになっているが、彼女はいつも日本の話を楽しそうに聞いているのでちょうど良い。
 去年の秋、ボーフォール公の寝室で、S男爵がパリに住まない理由を聞いてから、今まで見えなかったアグネスの気苦労が摩利にもわかるようになった。 ドイツの実家への取繕い、騒ぎがあるごとに取り成しを頼むP侯爵家への負い目、むしろ被害者であるアグネスがどうしてここまで気を遣わなければならないのだろう。 昨年10月と11月、思音の出張で彼女の館に泊り込んだ時にも、傍で見ている摩利が唇をかんで悔しさに耐えることも一度ならずだった。
 それだけにアグネスの楽しそうな笑顔を見られると、摩利は本当にうれしかった。



 その頃、ウルリーケもベルリンの自室に旅行鞄の用意をしていた。 なるべく目立たないように寝台の幕の陰においたのだが、小間使いに気付かれてしまった。
「お嬢様、こんなに大きな旅行鞄を?」
「ええ、アグネスのところに遊びに行こうと思って。 結婚したら今までのように気楽におばあさまのお供も出来なくなるでしょう?  だから、今度は少し長めにパリに滞在してみたいの」
あらかじめ考えておいた言い訳を一息に並べると、小間使いは素直に納得した。
「それでは、お持ちになるのはいつもの小さい旅行鞄にして、その他のお荷物は衣裳箱で別送いたしましょうか?」
「とんでもない!」
「は?」
思わず声を荒げた自分に冷や汗をかく。
「いえ、私はこの鞄がいいのよ。好きにさせておいて頂戴」
―― 全く、もしかしたら、このままインドまで行くことになるかもしれないのに。 衣裳箱なんか持って行ける訳ないでしょう。 とにかく自分の手で運べるだけのものが私の全財産になると覚悟しておかなければ、いざと言う時に機会を逃すわ。
 帝都ベルリンはいたるところに湖がある。 湖水が氷に閉ざされる季節になって、ウルリーケの決意もいよいよ堅く凍り付いている。



 雲が重苦しげにたれこめた午後、摩利をアグネスの館に送った思音はパッシー街にあるボーフォール公のオフィスに向かった。 摩利は、アグネスと一緒に思音を見送りながら、カレー海峡(ドーヴァー海峡)が荒れなければいいけれどと、今にもみぞれが落ちそうな空を眺める。
 思音の馬車が見えなくなると、もはや館の勝手を良く知っている摩利はひとりで寝室に荷物を運び上げた。 居間に戻ると、アグネスがヴァイオリン譜のいくつも用意していた。
「全部、先週、家のホールでフレッシュ先生が弾いて下さった曲よ。 その中で…」
 話の途中で、メイドがポワティエのS男爵から電話が入ったことを告げにきた。
「あら、珍しいこと。ちょっと、待っていてね、摩利」
アグネスに折り入っての話があるので、数日中にパリに出向くと言う連絡だった。
「何のお話かしら…」
思い当たることもなく、彼女は首をひねった。

 思音がパリ市内に戻った頃、街はすっかり夜の景色になっていた。 高級アパルトマンの窓から漏れるこうこうとした灯りが、かえって往来の人に底冷えのわびしさを募らせる。
 ボーフォール公は執務室でP侯爵と話し込んでいた。 思音の姿を見ると、P侯爵はソファから立ち上がり愛想良く握手を求めた。
 「昨年は茶話会にご招待いただきながら、仕事の都合で失礼いたしました」
 年長の大貴族に思音が丁重に敬意を払う。 P侯爵はボーフォール公に親戚以上の信頼を置いている。 思音を茶話会に招待したのも、公の有能なビジネスパートナーに対する厚意の表明に他ならない。 東洋人である思音が欧州で仕事をするに際して、P侯爵の厚情が有形、無形の恩恵をもたらすのは確実だ。
「いやいや、若い人は仕事最優先で当然です。貴族といえども遊んで暮らせる時代ではない」
 P侯爵は、2年前に家業を息子に譲ってロワール地方の森の中の別宅に隠居した。 時折、気がむくと、パリの屋敷に親族やそれに類する知人を集めて肩肘張らなくてすむ茶話会を楽しんでいる。 それ以外は、社交界には未練もないらしくパリに顔を見せるのはごく稀だった。

 「年をとっても髪の毛の色だけは変わらないのも、不思議なものだが」
P侯爵は思音と挨拶を交わすと、ボーフォール公との会話に戻った。 70に手が届くと言うのに、ゆるい癖のある白っぽい金髪が白髪にならないという自慢話だった。
「いや、伯爵、私は初めてアグネスに会った時に、血は争えないと思いましたよ。 女性ですからコテを当てて癖をつけているのでしょうが、地は私と同じゆるやかな癖毛のはずです。 誰の眼にも明らかでしょう、私の髪と同じです。 18歳でドイツに嫁いだ叔母の髪が同じ色でした。 この叔母が、アグネスや伯爵のご子息の曾祖母(ひいおばあ)さんにあたるわけですが。 あれこそP侯爵家の正統の金髪ですよ」
 出来の良い嫁、アグネスの不遇はP侯爵の心痛の素(もと)であり、出来の悪い婿、S男爵は頭痛の種だった。
 「パリの寒さは年寄りにはこたえおる。どれ、雪が降り出さないうちに帰りましょうか。 ああ、どうぞ2人はこのまま仕事の話をして下さい。 親戚の隠居爺(じじい)に気を遣うことはありませんよ」
 ひとしきり雑談に興じると、見送りを辞退してP侯爵は席を外した。 侯爵家の家紋をつけた馬車が去ってゆくレンガ畳の道には街灯がぼんやり光の輪をつくり、ひとひら、ふたひら風花が舞い始めていた。

 ボーフォール公は、それまでP侯爵に遠慮して控えていた葉巻に火をつけた。
「思音の英国行きは3日も先なのに、先週のサロンコンサートの後始末も終わらないうちから摩利はアグネスの所ですか?  まさに、入りびたりですな」
「どうしても出発間際の私は忙しくなってしまう。 口には出さないが、摩利はそのへんを気遣っているようです。 日本でも私の親友の家に入り浸って、それを見かねて欧州に呼び寄せたのに、この有様では“あてにならない父親”と言われても返す言葉などありません。 息子に気を遣われるばかりで、我ながら父親失格です」
思音が愛用の葉巻を苦そうにくわえた。
「アグネスは喜んでいるし、むろん、摩利であれば私だって喜んで屋敷に迎えますよ」
「ええ、それが救いと言えば救いです。 摩利は肉親に縁が薄いが、喜んで迎えてもらえる家に恵まれる」
含みのない思音の言葉に、いささかの後ろめたさと、わずかばかりの苛立ちを込めてボーフォール公が水を向ける。
「まあ、しかし、親の目が行き届いているとはお世辞にも言えない。 心配にはなりませんかな? 親の知らないところでご子息が何をしているのか」
「それは、自分の息子を信じるしかありませんね。 あの子がマレーネと私の愛息子であることに誇りを持ってくれていると」
 この父にしてあの息子か。 ボーフォール公はオフィスの寝室で、臆せず自分と渡り合った摩利を思い出して微笑んだ。

 「実際、アグネスと摩利はウマが合うようですな」
「ありがたいことに、彼女は一人っ子の摩利の良い姉代わりをしてくれていますよ」
「そう、摩利も良い弟をやっている。……それにしても、S男爵の重ねての失態には、もう…」
「ワイン業者の噂には聞きましたが。もしかして、P侯爵はその件で?」
思音の返答に公が滅入ったようにため息をついた。
「思音の耳に入るようでは、打つ手がありませんな。 家庭内の不始末をこんなに広めてしまうとは、S男爵はワキが甘いにも程がある」
公は苛立ちのあまり、いくらも吸っていない葉巻の火を大理石の灰皿で揉み消した。
「P侯爵も、『誰だって、人に言えないことの一つや二つは抱えているのだからそれ自体はとがめはしない。 だが、表ざたに出来ないものはしっかり隠しとおすのが礼儀だとわからないのか』とね」
「やはり、では本当に?」

 がらっと音を立てて、暖炉の中の薪(たきぎ)が崩れ、燃えさしの小片がいくつか転がり出た。 ボーフォール公がマントルピースの横にかけてある真鍮(しんちゅう)の火かき棒を取って燃えさしを火中に戻し、太い薪を一枝くべた。
「ええ、P侯爵も今回はメーリンク家への取りなしはしないと言っています。 この前の茶話会で、子供が出来にくいのはメーリンク家の体質だなどとS男爵が言ったものだから、子爵の堪忍袋の緒も切れかけている。 それで、今度のこの騒ぎですからね。今回は、全部、S男爵が自分で始末するしかないでしょう」
 思音も鬱々とした顔になる。
「アグネスが気の毒ですね。彼女はまだ知らないのですか?」
「多分、知らないでしょう。 先日、P侯爵に問いただされて、S男爵は自分から彼女に伝えると言い切ったそうですが、どんなものの言い方をするのか…。 何があっても感情を殺して冷静に対処する女性(ひと)だけに、あの穏やかな笑顔がかえって痛々しい」

 思音がほうっという顔でボーフォール公の顔を見つめた。公がいぶかしげな眼差しを返す。
「いえ、公にしては珍しく感、いや、情緒的な意見だと思いましてね」
感傷的と言いかけて情緒的と言い直した思音の配慮がより一層、ボーフォール公を多弁にした。
「あの館を我が家で管理していたという偶然ゆえとはいえ、彼女のパリでの苦労は最初から一部始終を見てきましたからね。 もちろん、彼女自身は苦労のそぶりも見せませんが、夫君の側から丸見えですよ。 苦労を気取らせない勝気さと聡明さと、あらゆる同情を撥ね付ける気性の激しさと。 彼女の穏やかな笑顔の下には…」
 何故、アグネスとの関わりについてこんな弁解じみたことを語るのかと自分でも驚きながら、話をS男爵の不始末に戻す。
「彼女が何も言わなくても、メーリンク子爵は筋金入りの政治家だ。 S男爵の実態くらい把握しているでしょう。 実態が知れていないと思っているのはS男爵本人だけですよ」
「メーリンク家に愛想をつかされて離婚となったら、面目をつぶされたP家も黙ってはいないだろうから、S家は事業の縮小を余儀なくされるだろうと、業者連中は言っていましたけれどね」
「離婚ですか。どうなりますかね。 そう、こんな形でパリに一人住まいするよりは、ベルリンの実家に帰ったほうが彼女自身は幸せだろうとは思いますが」
 ―― ふむ、アグネスがベルリンに帰るかもしれない?
自分の言葉がちくりと刺さった。 ポーカーフェイスは人並み以上に得意なボーフォール公だが、炉辺に立っていると新しい薪に燃えついた炎の照り返しで片側の頬だけが熱かった。

(2001.5.19 up)



(10)、各国の冬 / (12)、砂の撒かれた道

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