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深き陽炎の記憶から
投稿番号 71〜80

(71) 「製本」を調べ上げました。
名前:KO-KO    日付:9月24日(火) 13時7分

[掲示板からの転載です]
 先の休暇を利用して、私の愛すべき「製本」の数々を調べ上げました。「製本」とは、掲載中の雑誌を分解し、連載ものはまとめ、読み切りものは「作品集」として何編かまとめてファイリングした物です。以下に列記しますので、必要のない方は読み飛ばして下さい。
一刀流はお好き?/雪ものがたり/御意見無用の物語/ジークリンデの子もり歌/5,600万kmの恋歌/水色のメルヘン/あなただけこんばんは/死んでもいい/お出合いあそばせ/くれないに燃ゆるとも/どうしたのデイジー?/エメラルドの海賊/あーらわが殿/天まであがれ!/花草紙/アモール/王子様がいいの!/もう森へなんか行かない/愛しき言つくしてよ/ゆきおんな/花かんむりの牢屋城/真珠姫のロマンセ/薔薇あど/かきつばた/アンジェリック/無言歌/エレガントなジプシー/大江山花伝  以上

昭和46年から53年ごろのものがほとんどですね。悲しいかな、インクと紙が悪いせいか、裏の絵が浮き出て読みづらいものもあります。「摩利と新吾」は花とゆめコミックスに頼ってしまいました。
あと、「木原としえ/大島弓子の世界(作者自身が語る[決定版!]人気まんが家のすべて第8回」というものをファイルしていました。としさまから弓子先生への手紙、弓子先生の自己紹介(?)のほか、「狂気!凶気のふたりによるパロディ:にじゅういちめんそうとあけちたんてい」というまんがが4ページ分あります。
「私のこの一冊!」は、後日書かせて頂きますね。

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(72) 『死んでもいい』というこの一冊!
名前:KO-KO    日付:9月24日(火) 15時33分

みどりいろ/・・・・・/ぼくのすきな/みどりいろ
あさみどり/陽(ひ)に/さんざめき/ざわざわと
目にあふれ/こぼれおち/うたい/うたい

私の「この一冊!」は、昭和47年発表の『死んでもいい』。
全編に流れる「詩」が、声に出したときに心地よく、当時暗誦した一節は今も忘れていませんでした。ミコルのワンピースを「あさみどり」色の布地で真似て作ったことを思い出します。読み返した今も、胸がキュンとして、
『不幸になるよ、ミコル! ぼくはね・・』『いい! わたし泣かない!』
・・・・「ああ、なんてステキなふたり!!」。

丘の上の森よ/梢わたる風よ
手をつなぎ/うたいわらった
とおいサンセの/夏の日の
(中略)
なぜ人は/生きて死んで
時だけがいつも/音もなくめぐり
(後略)

初めて読んだ頃は、サンセの森に行ってみたかった。今は「もう、行くことはないワ」と妙に悟ってしまいました。でも「行きたい」と思えた頃は怖いものなしの私の青春でした。

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(73) またやっちゃった
名前:箱崎かおり    日付: 10月9日(水) 10時33分

本棚掃除をしていたらドジ様の本が目につき、またもや全巻読破!何度目かしら・・・この忙しいのに一週間何も出来なかったわ。でも、硬くなった心がやわらいで全然無駄ではないの(毎回)  思うにどうしてドジ様の作品てこれが一番!て絞れないのかしら?全巻読んだ後、どれが一番か一生懸命考えたけどやっぱり答えは風の中♪選べません!ただ、新吾君は私の良心、というか磁石。何か判断に困ったとき新吾君に相談してます。新吾君がにっこり笑ったり困ったように苦笑いしたり。これは中学生の時からの習性です。危ない奴と言われようとも譲れません!皆様ならわかってくれますよね?

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(74) 馴れ初めとでも言いましょうか
名前:謎のタヌキ    日付:11月24日(日) 19時51分

わたしは 宝塚歌劇のガイドブックで初めて「木原敏江」なる存在を知りました。
当時いくつかって?現年齢は「ウソみたいなガキ」ですから、それ以下です。
名作紹介の欄に「アンジェリク‐青き薔薇の軍神‐」。 タイトルがかなり美しかったので原作はどんなものだろうと、早速図書館で予約(けち)

すごい。絵が綺麗。波乱万丈。

その言葉しか出ません。宝塚的要素がたっぷり入っていて、一瞬でマジボレ
父以外家族全員でハマリました。
今も雑多に漫画を読むけれど(下はコロコロコミックからOK)あれほどひきつけられる漫画はそうありません。 これからもずっと木原漫画が私の側にあるのでしょう。

うわー、見方を変えると掲示板で宝塚ネタばっかり書いてるいいわけみたいだ。
ごめんなさい(と何故か謝る)

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(75) はじめまして
名前:きりん    日付:12月 8日(日)08時13分

文庫本の「摩利と新吾」を読み、以来一週間、どっぷりと世界に浸っています。中学生の頃に連載を断片的に読んだ記憶はあるのですが、通しで読んだのは今回が初めて。何も手につきません。現在アメリカに住んでいるので周囲に感動を分け合ってくれる友人もおらず、ふらふらとネットをさまよっておりましたところ、こちらに打ち上げられました。皆様の思い入れ溢れるサイトに出会えて気持ちが落ち着きました。特にホロスコープ、最高です。

私はやっぱり摩利が好き。憂いを帯びた彼も素敵ですが、持堂院時代の笑顔が一番好きです。幸せでいてほしい。

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(76) 未だ頭の半分は「しまりんご」が独占。
名前:きりん    日付:12月11日(水)09時01分

巷のクリスマス・ディスプレイを目にしては「摩利と新吾はクリスマスはどうしているかしら、パリでとうさまや夢殿さんとパーティ、それとも二人だけで暖炉の前でくつろいでいるのかな」と、その場でぼーっと考え込み、そんな調子であんまりぼーっとしてる為夕食を作る時間がなくなって、一品減ったのを誤魔化す為に五目ごはん(即席)を作ろうとすると今度は涙が・・・!実は私、主婦+学生の2足のワラジでして、来週は大学の期末試験なのです。「このままでは・・・赤点だ」。

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(77) 「目指せ、帝大」を旗印に
名前:きりん    日付:12月13日(金)11時11分

励ましていただきました通り、「目指せ、帝大」を旗印に試験に臨む所存でございます。亜米利加人には何のことやらわからないでしょうが、わからんヤツはほっときます。そして試験終了のあかつきには、こちらに参りまして私の思いのたけをまた聞いていただきたいと思います。皆様のご迷惑にならないように気をつけますので、その折にはどうかお付き合いくださいませ。

ところで謎のタヌキさま、私も「遠足には奈良へ大仏を」のエリアでございました。小中高の遠足は全部、京都・奈良の寺社仏閣で終わった記憶がございます。

摩利は鎌倉の大仏を見たのかなあ(また妄想中。失礼致しました)。

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(78) 鎌倉の大仏
名前:ゆりあ    日付:12月15日(日)18時34分

>摩利は鎌倉の大仏を見たのかなあ

マレーネ存命中に、よちよち歩きの摩利を連れてご夫妻で鎌倉散策なぞしたかも…。夫婦で人力車二台連ねて、思音が膝の上にコロコロの摩利を乗せて。

で、小学生になった摩利と新吾を連れて新吾の両親が再び出かけて、大仏を見上げながら摩利が「さすがに覚えていないなあ」と新吾相手にませた口を利いてみたり。

……、う、つい妄想モードです。失礼しました。

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(79) はじめまして
名前:レイス    日付:12月17日(火)22時59分

最近レトロなものにはまってまして、時代はちょっと飛びますが、「大正探偵シリーズ」にほくほくしてます。
木原作品とは「夢の碑」から集めてますが、やはり古き香り漂うところがいいですね。
ところで、私は木原キャラクターは女性が好きです!!
美形な男性キャラクターよりも、たくましい女性に胸打たれることのほうが多いのです。
がんばれ!女性キャラクター!

ごひいき、たくさんいますよ。
「鵺」のお柳さんなんか、はたかれてはたき返すし。
「ユンタームアリー」のナタリアなんか愛人に落ちぶれても、鼻高ぶりは折れないし。
そのあとのえーと…、始め聖少女のように見えて、実は娼婦育ちで、それでも愛情は真摯で。
などなど。
た、たくましい(☆▽☆)
http://homepage3.nifty.com/kagakutenshi /

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(80) 試験終了
名前:きりん    日付:12月20日(金)10時57分

終わったー、試験もレポートも無事終了しました。「摩利と新吾」にトリップしたまま突入したのでちょっと不安だったのですが、試験中は二人共、頭の隅っこにおとなしく膝を抱えて座っていてくれました。

ゆりあ様、鎌倉の大仏におつきあいいただいて、ありがとうございます。それにしても妄想のレベルが高い!2回行くってところが素晴らしいです。さすがでございますね。私のような新参者はまだまだ修行が足りませぬ。「大仏はやはり大きいなあ(←当たり前)、なあ新吾。」「うむ、摩利。」で終わってしまった・・・。

おっしゃるとおり、亜米利加国の歴史は短く、物足りないのでございます。
私、今でこそ米国東海岸に居住しておりますが、以前は自分の仕事、及び主人の仕事で欧羅巴三ヶ国に合計8年住んでおりました。古い教会、お城、石畳。亜米利加には全然ないのでございます。独逸には住みませんでしたが、巴里には4年ほどおりましたので、摩利のことを考えながら伯爵の家はあのあたり、公爵の家はこっち、と街並みを思い浮かべるのも楽しみの一つです。でも亜米利加も、広々としていて暮らしやすいのは良いことです。ま、一番いいのは日本なんですが。

では、心おきなく再び妄想全開、トリップの後、また来させていただきます。

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