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タスマニア紀行 最終話

5月29日(日)02時56分11秒

 南半球、こんな言葉があります。
   吠える40度(roaring forties)
   荒れ狂う50度(furious fifties)
   絶叫する60度(shrieking sixties)

 北半球と違って高緯度に陸地が少なく、しかもヒマラヤやアルプス級の高い山はない。つまり南緯40度以南では大気が流れ放題。なもんで、海は荒波、たまにある陸地は雲が引っかかるわ風は強いわ…となります。

 クルージングの時、外洋にも漕ぎ出したので、私たちもローリングフォーティーズをわずかながら体験しました。
 座席にゆったり座っているような気分ではなく、乗客全員が立ち上がりそのへんの物につかまりながら、進行方向に向かって足を踏ん張りと、不可思議な一時でした。
 激しい揺れに屋上展望席からはほとんどの人が離脱しましたが、(誰に頼まれたわけでもないのに勝手に)使命感に燃えた5人の男たちは、腰を落として吠える40度を踏みしめ、カメラを構えつづけました。
 ええ、ええ、わが家にはその証拠の画像も動画もございます。

 ただ不思議なことに、それだけの揺れでも私は気分は悪くならず、なんか陽気にハイになったことでございます。そーいえば、乗り物酔いしている人って見かけなかったわ。

 タスマニアはワインの産地でもあり、レストランを併設するワインセンターもあります。ワインリストにもしっかり「Roaring 40's」がありました。赤(ピノ・ノワール)、白(シャルドネ)両方ありますが、赤の方がおいしかった。白は可もなく不可もなく。
 …関係ないけど、Roaring 40'sを「さまよえる40代」と訳したくなるのは、不惑を信じない凡俗な私ゆえでしょうか。

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 トレッキング中、天然の苔庭に遭遇した。
 「わあ、ここで野点でもしたいなあ」
 「野点か、いいね」
 「ほら、あの岩の上でお手前できるでしょ。お茶箱なら充分運べるし、緋毛せんを持ってくるのはちょっと大変だけど」
 と、優雅な気分だったが、実際に岩の上に座ったら、日向ぼっこ猫のフォームになってしまった……。

5月29日(日)21時22分46秒

 タスマニアは蕎麦の産地でもある。別にもとから蕎麦が自生していたわけではなく、日本に輸出するために研究を重ねて栽培にこぎつけたものだ。
 5月初旬、南半球では新蕎麦の季節だ。せっかくだから産地で新蕎麦を味わえないかと思ったが、蕎麦屋は一軒も見かけなかった。寿司・ロールは朝市の出店にもあったくらいなのだが。

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写真左
 ホバートの町は、毎週土曜日に朝からフリーマーケットが開かれる。写真右手を白くうめているのは、出店のテントの列。通路は人だかりで黒く見える。

写真右
 紅茶の紙コップを手に、果物や野菜の屋台の前を散策中。町中でも、登山用ヤッケから帽子、リュックまで相変わらず同じもの。旅行の荷物は極力少なくしたいし、初夏の陽気の日本にもどるのに皮のコートなんて持ちかえりたくない。

 以下、フリーマーケットのスナップ。

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ペッパーミルの山の向こうに、時計や花瓶

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寄木細工など木工を扱っている

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ひとりで、グループでと、大道芸もいろいろ


 前回書いた事情からタスマニアは雨が多い。10日間、散策中は傘を広げるほどには降られなかったが、宿の窓から、あるいは運転しながら、土砂降りの雨をながめることは何度もあった。
 タスマニアに到着して初日、二日目は、雨が落ちないまでも、空のほとんどが雲に覆われていた。ときおりのぞく雲の合間から星を探したが、南も北も全く見当つかない。日本の空なら柄の一部分でも見えれば北斗七星だと判別できるが、見なれない南半球の夜空の断片は、脳内でも断片のままだ。
 三日目になってやっと雲がとれた。
 北の空にオリオンがでんぐり返っている。その上にシリウスが晧晧とひかえる。
 「オリオンとシリウスが見えているなら、牡牛座やふたご座も見えているはず…。アルデバランはどこだ」と捜すが、上下が逆だと勝手が違いすぎる。出発前に旅行気分にならなくて、今回は南半球の星座早見表は持ってきていないからどうしようもない。
 「あれが南十字?」
 「じゃあ、あっちが偽十字?」
 南の空を見て夫と指差しあうが、どうも心もとない。それでも一週間もすれば南十字は、見なれた星座になった。確かにわかりやすい。

 最終日、午前4時に宿を出た。東の空にさそり座が昇っていた。ひじ枕のように、はさみを体の下に敷きこんでいる。アンタレスが天頂近い。それだけで不思議な感じがする。

 空港ロビーでも不思議な体験もした。
 チェックインをすませて出発を待っていたら、あ・かるい女性の声でアナウンスが入った。
 「Good morning, ladies and gentlemen」
 ここまでは心が騒がなかった。しかし、続いて「and boys and girls」
 「え、なに?」と思ったら、内容は良く聞き取れなかったけれど注意事項だかお知らせだか、ひたすら、あ・かるい早口が続いた。で、最後が
 「Please enjoy fantastic flight!」

 ファンタスティックなフライト…ですか。なんか、あまり聞けないものを聞いたような気がする。
 でも、おかげさまで無事にファンタスティックに帰宅できました。

 というところで、全然、旅行記っぽくないけれど、旅行記はこれでおしまいです。ご愛読ありがとうございました。
2005.07 22 up

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